【タロット小説】1番「恋の魔術師」
僕は、自分で言うのもアレだが、ごく平凡なサラリーマンだと思う。
大学を卒業して今の会社に就職してから、平日は仕事に明け暮れ、土日は趣味の釣りに出かける、と言う毎日を送っている。夏はサーフィンを楽しみ、冬はスノーボードをしたりもする。
たまに学生時代の友達と飲みに行くこともあるが、この会社に就職して4年、友達はだんだん彼女ができたり、家庭を持ったりして、会う機会も減ってきた。
僕も、そろそろ彼女が欲しい。
大学時代、付き合っていた彼女にフラれてから、もう4年以上は彼女がいない。
年齢的にもさすがに少し焦り始めていた。
結婚相談所に登録するかなぁ。といってもまだ早いか…。
そんなことを考えていた5月のある日。大学時代、一番仲が良かった友達から、連絡が来た。
「今度、合コンするんだけどどう?」
場所は近所にある、オシャレで有名な居酒屋だ。料理も美味しくリーズナブル。僕はその店が好きで、度々利用している。
僕はもちろんOKした。
可愛い子がいるといいなー、と、期待しながら。
★★
そして合コン当日。
男4人、女4人の飲み会が始まった。
女性陣は全体的に明るく、おしゃべりな感じだった。
みんなが盛り上がっていたがそんな中、僕は向かいに座っている彼女に釘付けだった。
一目惚れとはこのことを言うのだろうか。
長い髪の彼女は、他の女性とは対照的で、みんなの話の輪に入ることができず、もじもじしていた。
「あの…」
僕は思い切って話しかけてみた。心臓がドキドキ鳴った。
「からあげ、どうぞ。」
一番端に座っている彼女が取りづらい位置であろう場所にあったからあげの皿を、僕は彼女の前に移動させた。
「ありがとうございます。」
彼女は緊張した様子だったが、優しく微笑んだ。
それをきっかけに、一番端に座っていた僕達は色々と話をした。
彼女は少しマイペースなのか、ゆっくりとした話し方だった。
彼女は僕とは対照的にあまり外に出るタイプではなく、休日も家で本を読んだり音楽を聴いて過ごしているらしい。
時々友達とカフェ巡りをすることが楽しみだったがその友達が引っ越しすることになってしまい、ますますこもり気味になっているという。
「カフェ行きたいけど、なかなか一人で行けなくて。」
彼女が困った様子で言ったので僕はすかさず、
「じゃあ、良かったら僕と一緒に行きませんか?」
と、言ってみた。
言った後に、
「ちょっとぐいぐい行きすぎたかな?」
と不安になったが、彼女は、
「はい、ぜひ。」
と笑って返してくれた。
★★
無事に彼女と連絡先の交換ができたものの、僕は不安に感じていることがあった。
つい勢いで言ってしまったが、僕はほとんどカフェなんて場所には行かない。
昔付き合っていた彼女について行って入ったことはあるが、あのカフェの場所すら覚えていない。
ちょっといいところを見せたい。そう思った僕は、しょっちゅうデートに行っている友達に聞いてみることにした。
「駅の近くにあるカフェによく行ってるよ。」
友達に情報を教えてもらった。
僕はデートの日程の調整を行い、その店に予約を入れた。
あとは当日を待つだけだ。
僕はワクワクしながらその日を待っていた。
★★
デート当日。
彼女は夏らしい白いワンピースでやって来た。まぶしいくらいに美しくて、僕は目を細めた。
僕は彼女と一緒に、意気揚々とカフェに向かう。
ワクワクしながら角を曲がる、がしかし、様子がおかしい。
店の前には、
「臨時休業」
の看板が立っていた。
おかしい。確かに僕は今日で予約を入れたはずだ。
「おかしいなぁ…予約入れたはずなんだけど…」
どうすればいいかわからず真っ青になる僕は、ダメ元で電話を入れてみる。
「ガチャ」
電話に出る音がする。
僕は怒りたくなる気持ちを抑えて、冷静に事情を説明した。
「確認させていただきます。」
しばらくの保留音の後、詳細がわかった。
本来この日は貸し切り営業で予約は受け付けないことになっていた。が、僕の予約の際、確認ミスか聞き間違いか、なんらかの手違いで、予約が入ってしまったようだ。
どの道、この店に今日は入れない。
謝られながら、僕は電話を切った。
ここがなくなったら、他にこの辺りのカフェなんて知らない。いいカッコするつもりが、困ったことになった。
…その時。
さっきまで黙って様子を見ていた彼女が、口を開いた。
「あの…この近くに、わたしが前から行きたいなぁと思ってる店があって…。
良かったら、そちらに一緒に行きませんか?」
助かった。僕は二つ返事でOKして、彼女について行くことにした。
★★
そこは、サンドイッチ専門店だった。
「すみません、男の人はちょっと物足りない量ですけど…」
彼女が申し訳なさそうに言った。
「いえいえ、大丈夫ですよ。」
僕は言った。
が、確かに少し物足りない。後で弁当でも買おう。
しかし、目の前の彼女は、嬉しそうにサンドイッチを頬張っていた。
「美味しい!この店に来ることができて良かったです。」
一時はどうなるかと思ったが、なんか楽しそうで良かった。
僕は少しホッとしながら、楽しい時間を過ごした。
一緒に店を出ると、彼女との仲が少し縮まったような気がした。
「また、一緒に行きましょうね。」
彼女が僕に、笑顔を向けながら言った。
「ぜひ、行きましょう。」
僕も自然と笑顔になった。
ーendー