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【タロット小説】 2番「未来を見る者」

人里離れた山奥。
鳥のさえずりと、風がさわさわと葉を揺らす音しか聞こえない静寂の中に、その小さな社はあった。
白い服に身を包んだ、腰まである長い黒髪の少女は、榊とくだものを供えた。
彼女の名前はマヤ。
この社の守り人として、付き人であるルカと2人で暮らしている。
彼女の仕事は、この社の守り人以外にももう1つある。それはー。  

「こんにちはー。」
女性の声が聞こえた。
ルカが扉を開けると、そこには村人が5人、来ていた。
「マヤさんに聞きたいことがあって。」
両手ににどっさりと農作物を持った男性が言った。  

そう、マヤのもう一つの仕事は、
「未来を見ること」。
彼女には生まれつき、未来を見る能力があるらしい。
また、天文学や暦、農業や漁業に関することなど幅広い知識もある彼女は、未来を知った上でどうすれば最善なのか?をアドバイスする役目を持っている。
彼女の言うことは百発百中である。
村人達は彼女を慕い、度々アドバイスを求めて、半日かけてここへやって来る。
マヤは特にこれといった報酬は求めない。が、村人達はいつも、神様にお供えする分と2人がしばらく生活できるほどの食べ物を持ってやって来る。  

マヤは収穫についていくらかアドバイスをすると、村人達を見送った。
「いつもありがとうございます。」
「マヤさんのおかげでうちの村は安泰です。」
村人達が口々に感謝を述べたが、マヤはいつものように、その言葉を謙虚に受け止めた。
去って行く村人達を眺めながら、マヤはふと口を開いた。
「なんか、嫌な予感がするの。」
「嫌な予感…ですか?」
ルカが聞き返す。
「うん、なんなのかまではまだはっきり見えないんだけど…何かが起きそうな気がする。」
マヤが言った。  

★★  

土砂降りの雨。荒れ狂う海。
まるで大きな怪物のようになった波が、村に襲い掛かる。
「キャー!!」
人々が逃げまどうが、波はすごいスピードで全てを飲み込んでしまった。
小さな村はあっという間になくなってしまった。
昨日まであんなに平和だったのにー。  

★★  

マヤは飛び起きた。
外はいつもと変わらず、静かだった。
穏やかな朝の光が差し込み、鳥のさえずりだけが聞こえていた。
「夢か…」
マヤは呟いた。
しかし、彼女にははっきりと分かる。
半日後、この夢が現実になると。
彼女の予知能力は夢という手段を使って、それを伝えていた。
マヤはすぐにルカを呼び寄せた。
「村が海に呑まれてしまうわ。すぐに村の人達に伝えて。この山の方に誘導して。」
ルカはマヤの手伝いをして暮らしてはいるが、高い身体能力の持ち主だ。
多分、他の人よりも早い時間で村に行くことができるはずだ。
「わかりました。」
ルカは了承した。
「ルカ、みんなと一緒に無事に帰って来てね。」
マヤは言った。  

★★  

早朝に出発したルカは、昼過ぎに村にたどり着いた。
漁業と農業で生活する彼らは、のんびりと昼下がりを過ごしていた。
「えっ、マヤさんがそんなことを?」
村長と集まって来た村人達が言った。
「っていっても、嵐になりそうな気配はないけどなぁ。」
村人達は空を見上げた。
空は快晴で、さわさわと静かな風が海の方から吹き込んでいる。
「でもあのマヤさんがわざわざ伝えてくれたんだ。何か意味があるに違いない。」
村人達はそう納得すると、全村人達に知らせて皆で山に向かうことにした。
子ども達はいつもは自分達が行くことのない山に行くことになり、ワクワクしている。
村一番の年長である老人が、村人達に続いてゆっくりと歩いていた。
村を出るまでに随分時間がかかってしまった。が、あっという間に空が曇り始めた。
真っ黒な雲が空を埋め尽くし、土砂降りの雨が地面に叩きつける。
そしてー。
あんなに平和だった波はやがて激しくなり、村の小さな港に打ち付け始めた。
「大変だ、波が来るぞ!」
村人達は大急ぎで山に向かった。
そして、一番最後に歩いて来た老人が山にたどり着いた瞬間ー。  

一際大きな波が、村を丸ごと飲み込んだ。波は山の手前までたどり着き、そして引いて行った。
あともう少し遅かったら、海に呑み込まれるところだった。
村人達は安堵すると同時に、マヤに感謝した。  

★★  

それから半年後。
村は元々あった場所から少しずらした場所に再建されていた。
何もかもすっかり流されてしまったが、ようやく平穏な生活を取り戻しつつあった。  

そしてマヤは、相変わらずルカと一緒にあの社に住んでいた。
「こんにちはー!」
村人がまたやって来た。
「特に聞きたいことはないんですが、これ、どうぞ。」
村で取れたかぼちゃだった。
「こんなにたくさん!遠いのにありがとうございます。」
マヤとルカは礼を言った。
「いえいえ、村が生き残ることができたのも、お2人のおかげです。
また、何か持って来ます!」
村人は笑顔で言うと、元来た道を戻って行った。
空は相変わらず、穏やかだった。  

ーendー