2月29日「閏年」

 四年に一度の、2月29日。もしかして特別なニクの日だからみんな肉を買い占めたのかしら?としょうもないことを考える。わたしは生まれるのがあと数時間おそかったら今日が誕生日。子どものころはギリギリセーフでよかったあ、なんて思っていたけど、大人になってからは29日のほうがおいしかったな、と思っている。同業で、むかしは尊敬するというのも悔しくて言えなかったくらいの女性は29日生まれで、誕生日さえわたしが凡人である証のような気がして落ちこんでいたこともあった。しょうもない嫉妬である。

 大人になるにつれてそういう、他人への理不尽な敵愾心みたいなものは薄れていく。良くも悪くも諦めがついて、等身大の自分を受け容れられるようになってくるのは、単純に体力が低下しているからだけど、そうしないと生きていかれないというのもある。どこまでも続いていく希望に満ち溢れた未来、ではなくて限りのある貴重で有限な時間、と思ったとき、どうしようもないことで地団駄を踏んでいるのはむだだとわかってくるし、自分は自分にしかなれないことに絶望するより、できることを探すほうが有益だ。私にしかできないことなんて何もない、あるのはやりたいことだけだ、と20代のころに気持ちの区切りをつけて、凡人なりに最大限を尽くすことを決めたけれど、その結果、代わりはきくかもしれないけれど今の私だからこそできること、という付加価値をつけられるところまでは辿りついた。そのことが今はちょっと、誇らしい。

 以前、自分に自信をもてるようになったのはなぜ、と聞かれたとき自然と、振り返ったら道ができていたから、と答えた。とくべつでもなければ、大して煌めいてもいない、むしろ泥だらけの道だけど、一歩ずつ進んできた私の足跡だけは長くずっと続いていて、ぜえぜえ言いながらも立ち止まらなかった自分だけはほめてあげたい、と思った。右往左往しながらやっぱり泥だらけになるだろうけど、ここから先の未来もそんなふうに歩いていきたい。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?