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Helveticaに関する考察

念願のHelveticaマスキングテープをご紹介できることになり、せっかくの機会なのでHelveticaというフォントについてがっつり調べてみることにしました。タイポグラフィーに造詣が深い人からは今更かよ!と突っ込まれそうなものですが、備忘録も兼ねてまとめておきます。

1. Helveticaとは

そもそもHelveticaとはなんなのか。

MacのOSには標準搭載のフォントなので、Macユーザーは"Helvetica"という名前で「あれか!」と思う人が多いかもしれません。
名前にピンとこない人でも、その文字自体は様々なところに使われているので日頃無意識に目にしていると思います。
(個人的な感覚では1日1回は視界に入ってるんじゃないかとすら思う)

記事のような長い文章から企業のロゴまで幅広く使われていて、文具界隈だとPost-it、Scotch、3M…あたりのロゴにも使われているそう。
かくいうライドロのロゴ(こんなメジャーな会社のロゴと並列してすみません)もHelveticaをベースに作られています。

ライドロタグ写真

文字をいじる機会が多い人ではまず知らない人はいないといわれる非常に知名度の高いフォントですが、新聞の記事のような長い文章から企業のロゴまで、様々な用途で頻繁に使われています。その汎用性ゆえ、世界で最も多く使われている欧文フォントの一つであると言われているとか…。

2. Helveticaの特徴

欧文フォントはその特徴によりいくつかのグループに分類されていますが、中でも私たちが目にする機会が多いのがTimes New RomanやBodoniに代表される【セリフ体】と、今回のテーマであるHelveticaやFutura(ヴィトンのロゴで有名)が含まれる【サンセリフ体】と呼ばれるタイプのものです。

↓上がセリフ体、下がサンセリフ体スクリーンショット 2020-06-18 19.38.33


まずは【セリフ体】について。"セリフ(serif)"とは文字のストロークの端々にちょんとくっ付いている短い棒のことで、セリフのあるフォントはクラシックできちんとした印象のものが多いです。
それに対して【サンセリフ体】、こちらはセリフ体のような短い棒がなく、簡素で少しカジュアルな印象です。
(日本語のフォントでいうと、セリフ体=明朝、サンセリフ体=ゴシックというポジション)

サンセリフ体のフォントはどれも汎用性が高く、いわゆる癖の無いフォントが多いのですが、中でもHelveticaはその極限のシンプルさから、「Helveticaの特徴は特徴が無いこと」と言われているそう。

Helveticaの概要がわかってきたところで気になってくるのが、このフォントどういう経緯で誰が作ったんだ?ということ。

3. Helveticaの誕生

「Helvetica」とは、ラテン語で「スイス」を意味する"Helvetia"の形容詞形である"Helvetica"に由来して名付けられており、その名の通りスイスで誕生した書体です。

しかし意外なことに最初からHelveticaという名前だったわけではなく、大元は1957年にスイスのハース鋳造所から発表されたNeue Haas Grotesk(ノイエ・ハース・グロテスク)という手組み用活字で、同鋳造所のディレクターであったエドゥアルト・ホフマンがスイス人タイプフェイスデザイナーのマックス・ミーディンガーに依頼して制作したものでした。
直訳すると「Neue Haas Grotesk」=「ハース社の新しいグロテスク」。
(ちなみにグロテスクとはドイツ語でサンセリフ体のことらしいのですが、普段私たちがよく使うこの言葉のイメージとは合致しないですよね…。なぜこんな単語を使うのかは現在調査中。)

元々、ホフマンのオーダーはオリジナルで新しい書体をということではなく、ドイツの既存書体であったAkzidenz-Grotesk(アクチデンツ・グロテスク)に似た書体を作って欲しいというものだったそう。
結局どちらかの熱意が強かったのか、あるいは両者ともだったのかはわかりませんが、この2人が「どうせ作るならより完璧な書体を作ろう!」と尽力してくれたおかげで現在のHelveticaの原型が生まれることになります。

当時は活版印刷が主流の時代。フォントを作るにも現在のようにPCで作るわけではなく、金属板を彫って一つ一つの文字を作らなければならないので新しいフォントを作るにはかなりの労力とコストが必要だったとのこと。
その後50年以上経っても美しさの色褪せない形を生み出すのは並大抵の努力ではなかっただろうと想像しただけで胃が痛くなります…。
(しかもそうやってできたフォントセット一式は売値もとても高く、そこまでして特定のフォントを使おうとする人はほとんどいなかったそうです。絶対モチーベション保たない。。)

↓Helveticaじゃないけど活版印刷用の金属板画像4

当時はBodoniのようなクラシックなセリフ体が一般的に多く使われていたこと、そして先に述べた理由から、新しいフォントが発表されて業界がそれを受け入れるという市場ができていなかったこともあり、Neue Haas Groteskも発表当初は鳴かず飛ばず状態でした。

しかしその後、1960年にハース鋳造所の親会社であるステンペル社が世界に向けてグローバルにNeue Haas Groteskを売り出すことを決定し、このとき改めて「Helvetica」という名前で再発表されることになります。
この頃、それまで主流だった活版印刷から写植への技術刷新が進んだこともあり、改名とともにUltra lightからUltra boldまで31種類のウェイト/ファミリー(文字の太さなどを調整したパターン)も用意されるなど、かなり大々的なリブランディングとなりました。
再発表されたHelveticaはアメリカの広告業界を中心に一気に広まり人気を博しましたが、それに伴い模倣品も多く作られるようになり、この時期には多くの「別名のHelvetica」が氾濫したといわれています。

1983年には、来たるコンピュータデジタルの時代に備えウェイトを51種類に増やしたNeue Helveticaが発表され、このNeue HelveticaとオリジナルのHelveticaは長きに渡って世界中の人々から愛されるフォントとなりました。

ちなみに日本でのHelvetica初登場は1964年の東京オリンピックで、亀倉雄策さんがポスターに使ったのが初めての使用事例と言われているそう。

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出典: 笹川スポーツ財団ホームページ

(亀倉さん本当にすごい…作品を見るたびに何回でも美しさに惚れます。。)

iOSのシステムフォントにも採用されるなど、洗練された欧文フォントの代表格として確固たる地位を築いたHelveticaですが、2010年代後半になるとそれまでロゴにHelveticaを採用していたメーカーやブランドが相次いで自社の独自フォントに変更するという事象が起こり始めます。

4. Helveticaの弱点

2007年、ニューヨーク近代美術館(MoMA)が主催したHelveticaの誕生50周年記念のエキシビションで、オランダのグラフィック界を代表するデザインチームExperimental Jetsetのダニー・ヴァン・デン・ダンゲンは、New York Timesの記者の「一つの書体が50年以上使われることを不思議に思う人もいるそうですが?」という質問に対して、

"When something is constructed as well as Helvetica, it should last for a couple of hundred years, just like great architecture."
「Helveticaのように構築されたものであれば数百年保つのは当然のことでしょう、優れた建築と同じように。」

The New York Times: "The little typeface that leaves a big mark"より引用

と語っています。(世界で活躍するデザイナーにここまで言わしめるフォントすごい…。。)

50年前とは違い、毎年多くの新しいフォントが生み出される現代においてもHelveticaしか使わないというポリシーを持ったデザイナーもいるほど時代を超えて人々を魅了しているHelveticaですが、その一方でインターネットが普及し始めた1990年代頃から、液晶で表示した際のカーニング(文字と文字の間のスペース)や、フォントサイズが小さいときの視認性の悪さなどが弱点として挙げられてきました。

また、「特徴がないことが特徴」といわれるほどニュートラルなフォントですが、実はRやaなどは独特な曲線が目立つデザインになっていて、身の回りに溢れるHelveticaを意識して見るようになるとその微妙なクセに辟易することも。(この記事を書くにあたって読ませてもらった参考資料の中でこの感覚を「ハナにつく」と表現している人がいましたが、これまさに的確で、実際私もライドロのロゴをずっと眺めているとRのうねりにウッとなって他のフォントに変えたくなることがあります…)
googleの検索で「Helvetica」と打つと、関連検索で「Helvetica 嫌い」というキーワードが出てくるところからも、このフォントを嫌だと感じる人も相当数いることが伺い知れます。。

↓HelveticaのRとaスクリーンショット 2020-06-29 00.44.15

そんな背景もあってか、iOSのシステムフォントにHelveticaを採用していたAppleも2015年からSan Franciscoという独自フォントに変更したり、自社ブランディングにHelveticaを使用していたGoogleなど複数の有名企業が次々と別のフォントに切り替えたりと、次第にHelvetica離れの傾向が高まりました。(とはいえほんの一部だろうけども…。)

そんな中、2006年からヴェンダーライセンスを持つモノタイプ社はこの流れに歯止めをかけるためHelveticaの全面リニューアルを発表します。そして2019年、ついに新しいHelvetica「Helvetica Now」が登場しました。

5. 新時代のHelvetica

Helvetica Nowの改変はアルファベットだけではなく、数字や記号、句読点に至るまでHelveticaに用意されている4万字全てを対象として行われました。

Helvetica Nowのサイトを見てみると、「Helvetica Nowは、私たちが愛するHelveticaの特徴すべてと、私たちが今日のタイポグラフィに求めるすべてのものを兼ね備えます」という説明が目に入ります。
この言葉が表す通り、従来のHelveticaのシンプルな美しさはそのままに、現代のレスポンシブなwebデザインや用途の多様さにも対応できるよう、Micro/Text/Displayという3種類のタイプが設けられました。
また、度々取り沙汰されてきた視認性への解決策として、HairlineからExtra Boldまで10種類の共通のウェイトと、それとは別にMicro/Text/Displayそれぞれに個別のウェイト、さらにイタリック体(斜体)を含めるとトータルで48種類のスタイルが提示され、サイズに合わせてより細かな調整ができるようになっています。

↓Micro/Text/Displayの3タイプスクリーンショット 2020-06-30 23.50.11

↓ウェイト全種
スクリーンショット 2020-06-30 23.50.23

                                                      出典: Monotype

Helvetica Neueが発表された1982年には想定されていなかったインターネットや小さなデバイスでの表示にもストレスなく使えるようになったHelvetica Now、現在は48種類のスタイル全てが使えるコンプリートファミリーで¥29,828、単独のスタイルだと¥3,000台〜購入できる模様。(欲しい…)

6. まとめ

モノタイプ社はHelvetica Nowのリリースに合わせ、プロモーションビデオを制作しています。

この動画の冒頭は次のような言葉から始まります。

"Helvetica is like water. It's essential, It's everywhere. Everyone sees it, reads it, and uses it. Helvetica is ubiquitous."
「ヘルベチカは水のようだ。なくてはならないもので、どこにでもある。誰もがそれを目にして、読んで、使っている。Helveticaは偏在する。」

                                                                   Monotype: "Helvetica Now"より引用

記事を書くにあたって色々なサイトや文献を読んでいると、"ubiquitous"という言葉をよく見かけました。
日本語だと「偏在する、あらゆるところに同時に存在する」といった意味になるこの単語。最初はフォント一つにさすがに大げさすぎやしないか…?と思いましたが(動画の「水のようだ」然り)、普段より意識して生活していると、身の回りにあるHelveticaの多さに本当に驚きました。
(以前、友人に貸してもらった本で世界からひらがなが一文字ずつ消えていって色々なものの名前が示せなくなる、という小説があったのですが、それと同様に、もしHelveticaが使われているものが全て消えて見えなくなったら結構すごいことになるんじゃないか…なんて妄想もしました。)

活版印刷から写植の時代、そしてデジタル化を経て最新のHelvetica Nowへ、
技術の革新と私たちのライフスタイルの変化に合わせて進化を遂げるHelvetica。
今後も新しいフォントがどんどん出てきて、人気のフォントというのはある程度時代によって変化していくのだろうと思いますが、その波の中でも私たちの造形に対する「美しい」という感覚、文字に対する「認識しやすい」という感覚が大きく変わらない限り、Helveticaは永遠の定番として使われ続けるのではないでしょうか。


(↓ちなみに2007年にはこんな映画も作られています)

映画にまでなるフォント…なかなかとんでもない。。


参考: 
Think IT: "世界中で愛される書体、ヘルベチカとは"
 Monotype: "Helvetica Now"
 WIRED: "あの有名フォント「Helvetica」は、こうしてデジタル時代に生まれ変わった"
Artnet news: "Helvetica, the Typeface So Beloved It Has Its Own Documentary, Is Getting a Makeover for the Internet Age"



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