頭文字D

日本は小さな島国ながら、自動車大国にしてバイク大国だ。
僕が生まれた90年代は特にクルマ業界もバイク業界も元気な時代で、僕ももれなくクルマ好きに育った。
とすれば、避けては通れないというか、誰もが通るであろう作品が「頭文字D」だ。

正直なところ、しげの先生の前作「バリバリ伝説」の方が面白い。
しかし、主人公がメカ音痴で感覚だけで走っているだとか、当時で見ても小型で時代遅れのハチロクがバッタバッタと格上のスポーツカーを倒していく様は、分かりやすく面白かった。

クルマ好きのバイブルとして一緒に名前が上がるのは「湾岸ミッドナイト」だろう。
クルマを題材にした名作はそれこそ「オーバーレブ!」とか「F」とか「サーキットの狼」とか、脇道に逸れても「キリン」やら「逮捕しちゃうぞ」なんかも入ってくるだろうし、本当に数多く存在する。
その中で「頭文字D」と「湾岸ミッドナイト」が頭一つ抜けているのは、ゲームセンターにドライビングゲームがあるからだろう。

僕は「湾岸ミッドナイト」より「頭文字D」派なのだが、それは僕がただ田舎育ちだから峠の方が馴染み深い……というだけではないだろう。
しげの先生の描く人間はお世辞にも上手いとは言えない部類で、味があるタイプだと思っている。
その分メカを描くのは上手な先生なのだが、上手い絵にもその味が乗るのだからたまらない。
その味というのが良い雑みで、峠を駆け抜けるスピード感だったり、メカの躍動する迫力だったりをより魅力的にしている。
楠先生の絵は繊細だが、故にとても平面的で、マシンの動的魅力よりは機能美のような静的魅力の絵だと思っていて、こと「走る」という描写においては「頭文字D」の方がより訴求力を感じている。

大人になり、いざ自分がクルマに乗るようになると、急激にクルマが「俺専用のマシン」から「日常の足」に見えるようになってきた。
それは時代の変化もあるし、維持費だったりでカツカツになることから自由に走り回ることがてきなくなったり、共に「頭文字D」に夢中になっていたクルマ好きの友人が疎遠になったことも影響している。

それでも、エンジンを掛けた振動が伝わってきたり、焼けるゴムの香り、跳ねるアナログメーターの針、野太く吠える排気音、それらがあの日の情熱を呼び起こし、少年の気持ちにさせてくれるのは、「頭文字D」で夢見たものに近づいたからなのだ。

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