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パーティはつづく

10:30頃、自宅の庭で巣箱にニスを塗っていたところ、家の前にある階段道を"あの3人"が通過していった。
3人揃っているのが久しぶりのため興奮してすぐに後をつけることを決めた。すぐにゆうこに報告してカリマーのリュックに財布だけ放り込んでマスクをして家を飛び出した。慌ててはいるが、マスクは忘れないコロナ禍だ。長い距離を歩く事になるかもしれないのでナイキのエアリバデルチを履く。

彼らの家をいつか突き止めたい、そう思って15年くらいは月日が経っている。今まで自宅から10km圏内の至る所で3人を目撃してきたが、仕事中だったり車に乗って移動中だったりで後をつけられる機会はなかった。

彼らというのはわたしが「ドラクエ」と呼んでいる親子だ。いつも母と息子2人の3人で徒歩行動をしており、平日昼間にスーパーマーケットに行くことを日課としているらしかった。いつも3人で列を成して歩く姿がドラゴンクエストのパーティーのように見えるためわたしが名付けた名前だ。
彼らは見るからに貧乏で髪はボサボサ、服装はいつも同じで小汚く、風呂に入っていないホームレスの人達と同じような浅黒い肌の色をしていて日に焼けてできるそれとは違うオーラが出ていた。車に乗っていて見かけるだけでも匂いがしそうなそんな風貌だ。

いつものように母親はネイビーのナイロンジャージ上下。白い背中まである髪を1本に束ねている。
子供2人はグレーのスウェットパンツにグレーのロンTをインして、もう1人はグレーのスウェットに黒いロンT。靴は2人ともブカブカの黒いスニーカー。ホームセンターで売っているようなマジックテープ固定するタイプ。

すごく歩くのが遅い。自分の通常の歩速で着いていくのが難しく、少しタラタラ歩く感じで時折止まって距離を確保する。

予想通り、近くのスーパーBIGに入ったので
客を装い彼らの近くを通るとあらためて異様さを感じる。息子2人は痩せていて背が高くインド人風の彫りの深いイケメン。が、どうしようもなく汚い。履いてるスウェットパンツの股間、尻の辺りがどす黒く汚れている。年齢は30歳前後に見えるが、社会性のなさから若く見える。伸びたヒゲも見ようによれば美容師風の無精髭。
既にどこかで買い物をしてきたようで黄色いビニール袋を手に持っている。よく見ると4、5個の紙パックジャム。どこのメーカーかわからない安そうなケーキシロップが何個か入っていた。

BIGでは食パンを吟味して3斤購入。すべて銘柄が違う。先に買ったジャムと共に食すのだろう。賞味期限を気にして陳列の奥から取る様子も見受けられた。カゴは使わない。母親だけがレジで支払いをするのをペットボトルのコーヒーの加糖と無糖の成分を見るふりをしながら盗み見た。
会計が終わると息子たちも集い、入ってきたのとは反対の出入り口から出るようだ。

こちゃこちゃとした住宅街のため尾行するのが難しい。あまりに歩くのが遅いので1人でのろのろと歩いているこちらが不審者のようだ。いや、不審者なのかもしれない。

業務用スーパーに入っていく。ここのスーパーはとても狭いので尾行がバレる危険がある。店の外の四条通りを挟んだ路地からスーパーの入り口を見張る。比較的短時間で出てきたが何を購入したかはわからなかった。

彼らを追ってのろのろ歩いているとサーフショップの店員や美容室の店員が店の中からガラス越しに少し不審そうに自分を見ているように感じた。

そのまま四条通りを東に向かってのろのろと歩く。まだ帰宅する雰囲気ではないので別のスーパーマーケットにも行くのだろうか。

交差点までくると左に曲がったのが見えたので小走りで角まで行くと姿が見えない。尾行がバレて巻かれたか、「ここら辺に家があるのか?」と近くにあるアパートを見渡すが見当たらないので角のミニストップに入ったのかと店の外から中を伺うと兄弟2人が雑誌を立ち読みしながら何かを話している。母親はトイレか。交差点の対角側で入り口を見張っていると5分くらいで出てきた。

坂を降りる方向に歩き出したのでおそらくその先にあるヨークベニマルに行くのだろう。
慌てて家を出てきたのでそのまま着てきた蛍光イエローのパーカーが目立つようで悔やまれる。

3人は途中、ポッカの自販機の前で立ち止まり指をさして何やら会話をしていた。なんというかとてもマイナーなラインナップの販売機なので、飲んだことがあるとかないとか話していたのだろうか。そう言えば彼らが100円の500mlパックの飲み物を飲んで歩いているのをよく見ていた。普通の大人が飲まないような飲み物を飲むのが好きなのだろうか。

彼らは立ち寄ると思っていたヨークベニマルをスルーしてブックオフに入った。ま、そうだろう。彼らがヨークベニマルに寄るわけはないのだ。価格帯が彼らの好みから外れている。

彼らはブックオフでサントラと書かれた札のついたCDの棚にいた。アニメのゲームか何かのサントラだろうか。彼らの興味を引く文化のようなものが垣間見れると思いとてもワクワクした。
そこで私は奇妙な事に気がついた。彼ら3人とも手袋をはめたのだ。母親は100円ショップで買ったような化繊のニットのもの息子2人は掌に作業用のゴムがついたようなものだった。先程まではしていなかったのに。

彼らが出てくるのをすき家の影に隠れて待ち伏せし、出てきたところを再度追跡。国道4号線沿いにまた、ゆるゆると歩き出す。先程ブックオフではめていた手袋はもう外されていた。一体なんのための手袋だったのか、謎のまま。
4号線は真っ直ぐな道なので振り向かれたらどんなに離れていても気づかれるかもしれないので反対車線の歩道を歩く。着てきた蛍光イエローのパーカーを脱ぎ、グレーのロングスリーブのTシャツとその上にエンジの半袖Tシャツという格好になり少し服装を変えてみた。

ここら辺からは自分のこの尾行がまったくの時間な無駄に感じられ「ここらでやめて帰ろうか」という考えが浮かんできた。彼らはどこまで行くかわからない。このまま南下して利府街道の交差点を左に曲がった場合、それはおそらく利府のイオンまで行く事になる。ここから7キロくらいあるのではないか。そこまで追ってさらに彼らの家まで見つからないように尾行して、そこから家に帰るとしたら帰宅するのは夕方になるだろう。考えるだけでげっそりしてきた。

途中彼らは自販機の前で飲み物を買った。中古車屋の前にある従業員が利用することをメインに設置された自販機だ。彼らは長距離を歩く。喉も乾くのだろう。
何を買うのか気になったので反対車線から目を凝らしてみるが片側2車線のバイパスなので銘柄までは見えなかった。彼らが立ち去るまで少し待ってから横断歩道を渡って販売機を見に行くと色んなメーカーの売れ残りや特売の飲み物を一同に集めた自販機で缶コーヒーや得体の知れないジュースが90円で売っていた。90円。予想以上の安さ。目玉はカルピスウォーター500ml缶が90円。これを買ったのだろうか。

しかし、彼らはスーパーによって来ているのだ。もし、喉を潤したいのであればスーパーで買った方が安いではないか。
わたしは思う、「エンターテインメントだ」と。なるべく安い自販機を探して現在の自分の欲望を最も満たしてくれる飲み物を選び金を入れボタンを押す。ドンガラという音とともに冷たい飲み物が出てきて、すぐに一口。正解だったのかどうかは自分しか知らない。そういう遊び。
そうだ、彼らはいま遊びとしてのスーパー巡りをしている。エンターテインメントとしての、時間潰しとしてのスーパー巡り。常にコストが最優先されるわけではない。

時刻は12:30を過ぎていた。長丁場になるぞと思いコンビニでお茶とコロッケパンを購入。トイレも済ませ急いて後を追う。彼らは歩く速度が遅いし、国道には曲がれる脇道もなかったので追いつくのは簡単だった。

彼らは利府街道の交差点まで来ていた。嫌な予感は当たり利府・松島方面へと左折するのが見えた。やはり利府のイオンまで行くのだ。どうしよう。やめたい気持ちが高まってきたが、まだ決断できなかったので後を追う。

何度か息子たちが後ろを振り返っているようでそれが気になり出してきた。距離を少し多めに取ることにする。
Bluetoothイヤホンの充電も切れたので音楽も聴けない。無駄な時間と思いたくないのでiPhoneにメモを残しながら尾行していたら彼らを見失ってしまった。
急いで先の交差点まで行き見渡すも彼らは見当たらなかった。角のコンビニに入ったかと思い駐車場からガラス越しに店中を見ると談笑しながら店内をうろつく兄弟がいた。どこかで出てくるのを待ってようと思うが、うまく隠れられる場所がない。少し先にあるレストランの駐車場で彼らをやり過ごそうと思いそこへ入ると、食事をしている人たちから不審な目で見られた。店に入るわけでもなく駐車場でウロウロしている中年がいる。それは不審だろう。
店外の喫煙所のあたりでなんとなく時間を潰し、道路の方を見てると彼らが行き過ぎるのを確認できたので利府街道に戻ったら彼ら3人の背中が見えた。まだまだ楽しそうだった。

わたしは「もうやめにしよう」と思った。彼らの勝ちだ。
スポーツの世界では「追われるよりも追う方が有利だ」と言われることがある。わたしは今日、追う立場だったのにもかかわらず勝てなかった。そもそも彼らは追われているという認識はなかったし、道中をいつもどおり楽しんでいるようだった。

わたしは彼らが行く方向とは反対に、今まで来た道を戻った。またいつか彼らを追う機会はあるだろうか。いつか、彼らの家を突き止めたい。

結局、わたしは往復で10キロくらい歩いた。帰りに夕飯の食材と切れていたコーヒー豆を買った。ゆうこが飲みたいと言っていたベルギー風白ビールの350ml缶を2本買って、1本を店から家までの道中で開けて飲んだ。好きでもないビールを。飲みたくもないビールを。エンターテインメントとして。

彼らは貧乏で生活保護を受け、その金でいわゆる意識の低い食材を買い、時間を余しスーパーを巡る。なるべく遠いスーパーへなるべくゆっくり進んでいく。

彼らは楽しそうだった。仲が良さそうに終始笑っていた。


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