茶T

彼は少しの憂鬱を背負いながら自転車を漕いでいた。
その日、ライブのお手伝いへ向かうため、彼はナルゲキへ自転車を転がした。
短い秋の終わりとも思える気温の低い日だった。

ライブ会場につき汗を流していると、元気な声でやってくる生き物がいた。
K-PROに新しく入ったチャッティーだ。
犬である。



チャッティーは彼とは初対面にも関わらず、彼の顔を舐めまわした。何度も。彼の肌にチャッティーの舌の感触が伝わる。彼は顔をのけぞり、側から見れば嫌がっているようにも見えたかもしれないが、そこをどきはしなかった。
口、頬、耳、そして再び口、次は鼻…チャッティーは一心不乱に彼の顔という顔を舐めまわしていたが、満足することは無かった。四足でなく二足になりながら、チャッティーは自分の体温を舌を通じて彼に伝えていた。

部屋中に響き渡るチャッティーの激しい息遣い。
「ハッ…ハッ…ハッ……」
その時間は永遠にも一瞬にも感じた。

飽きたかと思えば、また舐めて、やめて、また舐めて。

彼の火照った顔にむしゃぶりつくチャッティーはまるで、お腹の空いた子どもが採れたてのトマトにかぶりついているようだった。

「行かなきゃ」

彼はつぶやいた。
彼はいつしか名残惜しそうにチャッティーと別れそうになっている自分に驚き、素直になれない自分に少し苛立っていた。

チャッティーは彼には目もくれず、また別の人間に対して尻尾を振っていた。
もちろんその人間を舐め回しながら…。

彼は薄暗い劇場の中で、芸人をカメラで捉えることに集中していた。

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