入学辞退率の高さは受験機会の多様性の証

最近、大学の「入学辞退率」なるものをYoutubeで視聴した。入学辞退率というのは、合格した者のうち、入学しなかった者の割合である。以下単に辞退率という。慶應義塾大学の辞退率が61%、早稲田大学で65%とかなりの高率である。東京理科大学は80%を超えている。辞退率が60%といえば、10人が合格したとして、4人しか入学しなかったことになる。定員を満たさないこともあるかもしれない、ので、世間的には辞退率が高いと健全に運営されてないというイメージがあるようだ。

入学辞退者は15万人以上?

下のグラフは、リセマムの作成した東京圏の人気私立大学の2021年のランキング(https://resemom.jp/article/2021/07/06/62600.html)を利用して作成した者である。入学辞退率の低い順から並べてある。

ここにリストされた大学の辞退率の平均は74%である。実に四人のうち三人が合格したにもかかわらず入学してないということになる。辞退者数を実際に計算してみると、この16大学の合計は15万6071人に上る。これは、22年度の大学入学共通テストの、埼玉、千葉、東京、神奈川の1都3県の合計の志願者数(15万8006人)とほぼ同じ数字である。こういう人気大学を蹴った15万人は一体どこの大学へ入学したのだろうか?

大学に限らず受験では併願をすることが多い。第一志望校の他に、もしもの時の進学先として他の学校も受験する。大学受験では本命が1校、実力相応校が3校、合格確保校が2校などどいうように、予備校などで指導される。もし、本命に受かれば、当然、実力相応校や合格確保校には行かないので、入学辞退ということになる。例えば、6校受験して4校合格したら、その人は3校入学辞退をしなければならない。つまり、各大学の辞退者数の中には同じ人が含まれているので、実際の辞退者数の合計はそこまで多くはない。一人の受験生が平均して4校合格したとすれば、合計の辞退者数は15万人の約4分の1程度の3万7500人くらいになる。

辞退率の計算方法

ところで、リセマムは、辞退率を

$$
\frac{合格者数-募集人員}{合格者数}
$$

という式で計算している。つまり、募集人員=入学者数、と考えている訳である。しかし、調べてみると、募集人員=入学者数、ではないのは受験業界の常識であるらしい。ここでいう募集人員は一般入試での募集人員のことである。大学には、一般入試で合格して入学する者の他に、推薦やAOなどの特別な入試方法で合格して入学する者もいる。これら特別入試の募集人員と一般入試の募集人員との合計を入学定員という。実際の入学者数は入学定員とほぼ同じくらいになる。したがって、募集人員は入学者数よりもかなり少なくなる

入学者数の入学定員に対する比率は充足率と呼ばれ、概ね0.97から1.03あたりにおさまる。学校にとって充足率はとても大切で、多すぎたり少なすぎたりすると文科省から指導が入る。しかし、募集人員より多くの学生を入学させたところで、文科省からは何もお咎めはない。

例えば明治学院では、一般入試の募集定員は1755人であるが、入学定員は2950人である。従って、特別入試の募集定員は1195人になる。一般入試特別入試両方を合わせた全合格者数は7786人で、入学者数は2979人である。定員より29人多い学生が入学したことになる。充足率は1.01である。そこで、真の辞退率を

$$
\frac{全合格者数-入学者数}{全合格者数}
$$

で計算すると、明治学院の場合は61.74%となる。募集人員を使った辞退率の68.77%より7%ほど低い。

各大学のホームページから得られる情報をもとに、各大学の一般入試特別入試を合わせた全合格者数と入学者数を調べて、真の入学辞退率を計算したところ、次の表を得た。

大学名に * のついている明治は特別入試の合格者数と入学者数を公開していなかったので、合格者も入学者の一般入試だけである。

一般入試の募集人員の割合の地域は51.6%(日本)から96.7%(成蹊)で、60%台が多い。だいたい3分の1を推薦などで、残りの3分の2を試験で選抜するという形になっている。真の辞退率は37.64%(慶應義塾)から77.88%(東京理科)となる。募集人員を使った辞退率よりも、3.59%(成城)から23.69%(早稲田)低くなっている。平均すると真の辞退率は62.94% で、募集人員を使った辞退率よりも11%ほど低い。グラフにすると差がわかりやすい。

この中では明治だけが真の辞退率が、募集人員を使った辞退率よりも大きくなっているが、これは明治が特別入試の合格者数と入学者数を公表していないからである。実際に充足率が0.69%と低い。充足率を1.01とすれば、入学者数は約7800人となる。そこから、全合格者数は
2万8000人ほどと推測できる。そこから、明治の真の辞退率を推測すると

$$
\frac{28000-7800}{28000} = 72.14%
$$

となる。やはり、募集人員を使った辞退率よりも6%ほど低い。

一般入試と特別入試の辞退率

募集人員は一般入試の募集人員だから、募集人員を使った辞退率は、一般入試の辞退率を表しているのではないかと思う人もいるだろう。しかし、これも違う。なぜなら、大学によっては特別入試の合格者を、その募集人員より多く入学させることがある。そうなれば、一般入試の合格者で入学できる者の数は募集人員よりも少なくなるからである。例えば、明治学院の一般入試の募集定員が1755人であるのに対し、合格者数は5961人で、そのうち1216人が入学した。一方、特別入試の定員1195人に対し、1825人が合格し、1763人が入学した。特別入試の入学者数の方が、一般入試の入学者数よりも多い。さらに、一般入学者数は募集人員よりも少ない。しかし、総入学者数は入学定員とほぼ同じになる。最終的な入学者数が入学定員と近ければ良いので、一般入試の合格者で入学できる者は募集人員よりも少なくなっても構わない。したがって、募集人員は一般入試の入学者数でもない。

次に、一般入試と特別入試での辞退率の比較をしてみる。入学者数を一般入試と特別入試で区別して公開しているところは、リストに載っている大学の中では、明治学院、青山学院、成蹊の3校しかなかった。この3大学の辞退率と充足率は下の表の通りである。

いずれも、特別入試による入学者数は特別入試の定員を上回っている。したがって、一般入試の入学者数は募集定員よりも少なくなり、真の入学辞退率は募集人員を使った入学辞退率よりも高くなる。

成蹊の一般入試の辞退率は、募集人員を使った入学辞退率はほぼ同じだが、明治学院は10%、青山も3%多い。成蹊は特別入試の募集人員の割合が少ないが、明治学院と青山はその割合が大きい。3校を比較しただけなので、統計的にどうこうは言えないが、おそらく、特別入試の割合が大きいところほど、募集人員を使った入学辞退率は一般入試の辞退率よりも低めになる、と推測できる。

特別入試については、AO入試などでは40%ほど辞退者がいるが、推薦の合格者で辞退する者はほぼ0なので、特別入試の入学辞退率は低くなる。実際に上の3校の場合では2.69%から5.44%である。したがって、特別入試も含めた、全入学者数の全合格者数に対する真の辞退率は、募集人員を使った辞退率よりも低くなる。

国公立大学の辞退率

ところで、国公立大学の辞退率はどうなのかと調べてみたところ、下の表のようになった。

首都圏にある募集人員が700人以上のところをリストした。文科省の発表した、「令和3年度国公私立大学入学者選抜実施状況 」から作成した。最も高い横浜国立で32.55%しかない。私立で最も低い慶応の約半分である。最も辞退率の低い一橋は1%に満たない。辞退者もわずかに8人である。東京理科のように10人中8人ではなく、合格者981人中の8人である。

国公立では特別入試と一般入試を区別した統計は見当たらなかった。

私立の辞退率が低い理由その1

国公立の辞退率は、私立よりもはるかに低い。国公立で最も高い横浜国立の辞退率は、私立で最も低い慶応より低い。しかし、私立大学の特別入試の辞退率とは拮抗しそうである。

国公立の辞退率が私立よりも低いのには3つの理由が考えられる

1つ目は学費である。最近の国公立大学の学費は決して安くはなくなったが、私立に比べれば半分以下で、理系では3分の1以下になるところもある。私立に合格したとしても、金銭面で私立を諦め国公立へ行くケースも少なくないと思われる。これを「国公立大学至上主義」と捉える人もいるが、学費は大切である。質が同じなら、学費の安いところへ行くのは必然である。

学部別に統計を取ると、工学部などの理系学部の辞退率は72.28%になるのに対し、経済学などの文系学部は61.17%で、理系学部の方が、10%以上も辞退率が高い(早稲田の教育学部と日本の文理学部は文系と理系があるが、両学部とも文系として計算した)。

東京理科の辞退率が最も高い理由は、理系学部ばかりだからである。

私立の辞退率が高い理由その2

2つ目の理由は学校全体のデータを単に学部のデータの合計にしているからである。

昔から、私立大学は複数の学部を受験することが可能であった。例えば、私の昔の友人に、どうしても早稲田じゃなきゃダメだという人がいて、彼は早稲田の文系学部を全て受験した。浪人はしたものの最終的に早稲田へ進学した。彼の高校からは一般受験で初めての早稲田合格だったらしく、校長から表彰されたときいた。

さて、彼は商学部、社会科学部、教育学部に合格したそうだが、最終的には商学部へ進んだ。ということは、社会科学部、教育学部では入学辞退者が出たことになる。ここで、もし合格者が彼一人だったとしたら、商学部は入学辞退者が0なので、辞退率は0%である。一方、社会科学部、教育学部では、誰も入学しなかったので、辞退率は100%になる。大学全体の統計を単に学部のデータの合計とすると、商学部、社会科学部、教育学部で各1人づつ、合計3人の合格者が出て、入学者は1人なので、辞退率は66.7%になる。しかし、実際に合格したのは1人で、入学したのも1人なので、学校全体から見た辞退率は0%である。

大学全体の統計を単に学部のデータの合計にしてしまったら、合格者の中には、一人で何回も数えられている者が出てくる。しかし、入学者数は一人一回しか数えられていない。したがって、合格者数は必要以上に増え、辞退率が上がるという仕組みになっている。というわけで、ここで計算した私立大学の辞退率の数字に意味はないのである。学校全体の辞退率を計算するには、重複を除いた合格者数が必要であるが、少なくともweb上には大学全体の合格者のうち重複を除いた数を公開しているところは見当たらなかった。

一方、国公立大学は1大学につき1回の受験機会しかない。最近では、国公立は最大三回まで受験することができるが、実質前期の一回のみで、中期後期は追加募集の意味合いが強いだけでなく、前期で合格したら後期の受験資格は失われる。したがって、合格者の重複がほとんどないと考えられる。そのため、この数字には比較的信頼がおける。

私立の辞退率が高い理由その3

学部レベルなら辞退率は意味があるかというと、やはり、そうでもない。なぜなら、今は複数回の受験機会があるからである。統一入試やら、共通テスト単独方式やら、同じ学部学科を何回も受験できる。一人の受験生が、3つの方式で入試に臨み、全てに合格したとする。そうするとその学部の合格者は3人になる。しかし、実際に入学するのは1人である。したがって、辞退率は66.7%になる。

各大学は入試区分別に合格者数を公開している。しかし、単にその合格者数の合計を計算しただけでは、やはり重複が出てくる。学部レベルでも重複を除いた合格者数を発表しているところも見当たらない。自分で計算しておいてなんだが、私立大学の辞退率は全く信頼できない。少なくとも、国公立と比較することはできない。

辞退率が高いほど合格の機会が多い

では辞退率は意味がないのかと言えば、必ずしもそうではない。国公立の辞退率と私立の特別入試の辞退率は拮抗すると述べたが、それはなぜかといえば、受験機会がほぼ一回しかないからである。推薦合格を辞退すると、来年以降その高校から推薦を受けられなくなる可能性があるので、推薦合格の辞退率はほぼ0である。ということは、推薦入試は1人1校しか受験しない。また、AO入試などでは、合格の可能性が上がるらしいので、洗顔衣するものも少なくない。1校しか受験しないとなれば、入学辞退をすればいくところがなくなる。したがって、辞退率が下がる。

となれば、辞退率が上がるのは、受験機会が多いからである。昔は同じ大学の複数学部を、今は同じ学部学科を複数回事件できるようになっている。その分合格の機会が増える。すなわち、合格者数が増えるといった塩梅である。辞退率が高いところは、それだけ合格の機会を増やしてくれているからである。つまり、各大学の目指している多様性を表している、と言える。辞退率の数字はそのように捉えるべきである。

終わりに

大方の受験生は何校くらい受験して、何校くらい合格(補欠合格も含む)するのだろうか。私は7校に願書を出し、6校受験して、2校に合格した。友人たちも1校から3校ぐらい合格していたような気がする。仮に、平均して一人が2校合格しているとすれば、一般入試の合格者数が約半分になるので、全合格者数が約3分の2になる。したがって、辞退率は上の私立16校の辞退率の平均は約45%になる。これは、昭和の頃の受験なので、今とはだいぶ異なる。今だと多くの受験機会があるから、同じ学部学科の異なる入試方式をそれぞれ別個のものと考えれば、もっと多くの合格をもらっている。例えば、A方式と共通テスト併用型との両方で合格したら、2校分の合格をもらったことになるからである。受験生はそう思わないかもしれないが、大学側はそう考えている。したがって、本当の辞退率は、もっと下がって、ここで計算した真の辞退率の半分から4分の1程度になるのではないか。だとすれば、国公立大学とおほぼ同じくらいで、受験機会の多様性が辞退率の高騰を生む原因であると言えそうである。

こうなると本当の辞退率が知りたくなるもの。どこの受験産業もこのデータを持っていないみたいなので、この話を読んで、興味がある方は、受験した年、合格した日本の大学の数、合格した学部(学科)の数、合格した入試区分の数、を次のメールアドレスに送っていた開ければ、嬉しいです。大学名、学部名は特にいらないですが、入試区分名はあると助かります。統計処理のために、現役か浪人の区別と性別も教えていただければ助かります。ある程度まとまったら結果を発表したいと思います。

wotaro_san@yahoo.co.jp

くれぐれも個人情報は書かないように。また、同時に数学やデータ解析やアメリカの大学についての質問があればお寄せいただければと思います。

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