6.日本から、東京からできること / 7.東京芸術祭ワールドコンペティション2019

6.日本から、東京からできること
では日本列島に住む/日本語を話す私たちは、どうすればこの世界基準の問い直し、複数化に関わっていくことができるでしょうか。今から2030年代にかけてが決定的な時期になるでしょう。私たちが世界の「舞台芸術界」の新たな枠組み形成において何かしらの役割を果たせるか否かは、これからの十数年にかかっています。

今なら、まだ間に合います。「アジアの時代」の東京は、必ずしも世界経済を牽引する都市ではないかもしれません。でもだからこそ比較的中立的な場をつくることが可能になるでしょう。そして舞台芸術においては、東京にはいくつかの強みが残っています。一つは、ここ一世紀半ほどの経験です。「脱亜入欧」と「アジア主義」の相克を抱えた「近代化」のなかで、歌舞伎・能・狂言・文楽を「演劇」という言葉で語ることで独自の「演劇」概念を形成してきた明治以来の経験は、きっと2030年代以降の舞台芸術を考える際にも役に立つでしょう。東京は日本芸能史において、ここ二世紀以上にわたって中心的な役割を果たしてきました。東京には大衆性と教養とを絶妙に融合させてきた歴史があります。そしてこれまでの千数百年のあいだにユーラシア大陸から流れてきた文化の吹きだまりのような日本列島には、アジアのどの地域にも引けを取らない多様性があります。でも世界の人々と、こういった経験にもとづいて、未来を見据えた対話をする機会はあまり持てていないようです。

今、日本の舞台芸術界に欠けているのは、「世界の舞台芸術界の未来に向けて、自分たちが何をしていくのか」という視点ではないでしょうか。今ここで、この視点をもつ人が育つ場をつくることができれば、日本は世界の舞台芸術界に、そしてこの世界を生きる未来の人々に、大きな貢献を成しうるでしょう。東京芸術祭が世界の同世代や次世代とつながるための回路となることができれば、2030年代の日本と世界の舞台芸術界は大きく変わるでしょう。

7.東京芸術祭ワールドコンペティション2019
「東京芸術祭ワールドコンペティション2019」は、生身の身体と、長年かけて練り上げられてきた「舞台」という技術とを使って上演される作品のコンペティションです。世界をアジア、オセアニア、ヨーロッパ、アフリカ、アメリカの5地域に分け、各地域で国やジャンルにとらわれずにアーティストを紹介しているフェスティバルでプログラムを組んでいる方々に「まだ世界的に知られてはいないが、2030年代に重要になるであろうアーティスト/団体」を推薦していただきました。そして日本からも一団体、(僭越ながら)私が推薦させていただきました。なので、今回参加するアーティストたちは「2030年代のトップアーティスト」といってもいいかもしれません。それを、以下の三種類の審査員に審査していただきます。

①世界の各地域で新たな価値観を生み出してきた「アーティスト審査員」が、「最優秀作品賞」・「最優秀パフォーマー賞」・「最優秀スタッフ賞」を選考します。最優秀作品賞を受賞した作品は、翌年の東京芸術祭で再演されます。既存の価値観に満足せず、実際に自ら新たな価値観を提示してきたアーティストこそが、新たな価値観を提示する作品に最も敏感になれるのではないかと考えました。同じ文脈を共有していない各地域のアーティストたちが議論することで、より多くの人を巻き込むことができるような議論の土台をつくることができればと期待しています。

②また、価値観は言語に大きく依存するので、世界の各地域出身で舞台芸術に造詣の深い、日本語を話す専門家たち(「批評家審査員」)が「批評家審査員賞」を選考します。近代以降の日本の批評は、西洋の「批評」、西洋語の論理や参照項に大きく依存しています。一方、ここで議論をしていただく「批評家審査員」の大多数は、日本語話者と話すためにあえて日本語を選んだ方々です。「批評家審査員」の方々には、「日本語話者のための批評」をより豊かに、より開かれたものにしていただくことを期待しています。

③観客賞

そしてもちろん、観客のみなさんも作品の価値の重要な作り手です。舞台芸術の作品とは、舞台の上で起きることではなく、舞台と観客とのあいだで起きる出来事です。それを観客のみなさんご自身に評価していただき、「観客賞」の受賞者を決めていただきます。

でもそれだけでなく、ここでのみなさんの視線、息づかい、拍手、おしゃべり等々の全てが、未来の舞台芸術の世界基準を作っていきます。

というわけで、この秋、ぜひみなさんと一緒に「世界基準」が複数化される場をつくっていきたいと思っています。ご意見、ご要望など、ぜひお寄せください。みなさんとお話しできるのを楽しみにしております。

2019/10/07 

横山義志(よこやま・よしじ)

東京芸術祭国際事業 ディレクター/東京芸術祭ワールドコンペティション ディレクター

1977年千葉市生まれ。中学・高校・大学と東京に通学。2000年に渡仏し、2008年にパリ第10大学演劇科で博士号を取得。専門は西洋演技理論史。2007年から SPAC-静岡県舞台芸術センター制作部、2009年から同文芸部に勤務。主に海外招聘プログラムを担当し、二十数カ国を視察。2014年からアジア・プロデューサーズ・プラットフォーム(APP)メンバー。2016年、アジア・センター・フェローシップにより東南アジア三カ国視察ののち、アジアン・カルチュラル・カウンシル(ACC)グランティーとしてニューヨークに滞在し、アジアの同時代的舞台芸術について考える。学習院大学非常勤講師。論文に「アリストテレスの演技論 非音楽劇の理論的起源」、翻訳にジョエル・ポムラ『時の商人』など。舞台芸術制作者オープンネットワーク(ON-PAM)理事、政策提言調査室担当。