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河﨑秋子「銀色のステイヤー」動物と北海道を書かせたら当代一の才能

前に「世界馬紀行」という6分のミニテレビ番組を担当したことがある。競馬馬を育てている各国の牧場を紹介するという番組。私は他の仕事で忙しかったので実際のロケに同行することはなかったが、ある程度構成を決めたところでニューヨークに住むカメラマンに撮影を依頼し、まとめてロケをしてきてもらう。その素材を送ってもらい、日本でディレクターが編集して番組に仕上げるというちょっと変わった制作体制の番組だった。
その番組を見ていると、どの牧場も広々として気持ちいい。そしてそこで働く人たちも気持ちのいい人たちが多い。海外では、家族経営の牧場が多かったようだ。この番組の良かったところは、牧場で働く人と競馬馬のふれあいを中心に描いたこと。まるで家族の一員のように馬に接する様子が気持ちよく微笑ましかった。
私は競馬をやらないので、競馬との関わりはこのくらい。あとは学習院大学の裏を通った際に乗馬部の厩舎があって馬が飼われているのを見て「こんな都心で馬を飼うのか」と驚くくらい。あとはAD時代に、編集の合間にディレクターから馬券を買いに行かされたことがあるくらいの関わりしかない。

この小説は、大好きな河﨑秋子さんの新作。クマとの死闘を描く「ともぐい」も圧倒的だったが、キタキツネの寄生虫「エキノコックス」を描く「清浄島」が非常に印象的で個人的なフェィバリット。何しろ題材が映画「きつね」でも描かれた、あの「エキノコックス」だ。
そしてこの作品は、競馬馬とその飼育をする人たちの成長譚。これがめっぽう面白い。
競馬馬は血統がまず何よりだ。正しい血統であることが駿馬の前提条件になる。その上で、生まれた時から大切に育て上げ、そして優れたジョッキーの元で他の馬たちを打ち負かしていく。どんなに優れた血統であっても、必ず駿馬になるわけではない。そのあたりが面白いところだ。

特に競馬に興味がなくとも、けっこうのめり込んで一気に読んでしまう。そのくらい魅力に満ちたストーリーだ。馬が家族であるというのは、単なる比喩表現ではなく、リアルな感覚だ。そんなことを実感した小説だった。
<7月30日発売予定>

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