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#121 「人生の落とし穴」

 ある方が話していたことですが、

お金持ちになれば『幸せになれる』と思うだろうけどね、それは『創造主が作った落とし穴だよ』

 ずいぶんといたずらな「創造主」ですが、人間はお金持ちになると途端に「虚無」に落ちるのだそうです。なぜなら「お金持ちという目標を手に入れてしまうと、それまで『特別なこと』だと思っていたそれが『普通のこと』になってしまうからなのだそうです。もちろん私はまだお金持ちになっていませんから、残念ながらその辺のことは実感としてよく分かりませんが、お金持ちでいることが「普通のこと」になってしまって、そのまま歳をとって人生の終わりを意識し始めると虚無が頭をのぞかせるということは何となく分かるような気がします。

 贅沢をすれば楽しいと誰もが憧れますが、毎日贅沢しているうちにそれが普通(当たり前)になってしまうと、途端に楽しいことがなくなってしまいます。もっと贅沢をしても、だんだん贅沢に麻痺し、しまいに全てが楽しくなくなってしまうのだと思います。
 
それってちょっと麻薬中毒に似ていると思いませんか。こういう贅沢に慣れてしまうと、少し贅沢ができなくなるだけで「不安や欲求不満」を感じてしまうようになってしまうのでしょう。つまり贅沢な人ほど「不安や欲求不満」を感じやすい人間になってしまうのだと思います。

 そうなってきた時、自分の生き方に(お金を使わないで得られる)満足感・充実感があるかないかでその人の人生は大きく変わってしまいます。年を取って財をなした人が、「貧しいからこそ『お金持ちになりたい』と思って頑張っていた頃が一番、楽しかった。何か最近、何にも楽しめない」とビジネス誌などに独白していることも、まんざら嘘ではなさそうです。

 人生には「幸福」という目標地があるわけではなくて、人生はプロセスに過ぎないんだと思います。多くの人がそこを勘違いしているのではないでしょうか。人生を道に例えると、そこを歩いている間だけが人生で、「幸福」とはつかの間のもの、その道のゴールとは「死」なのです。だからどんなにお金持ちになってもそれで幸福に到達した(ゴール)・・・ってことはなくて、そこから先まだ道が続いてその先はまちがいなくだれでも例外なく「死」なのです。どんなにお金を貯め込んだとしてもあの世には1円ももっていけないのです。ですから、お金持ちになったからと言ってそれで人生が完成するわけではなく、まだゴールにも達していないんです。ゴールは「死」ですから、達すれば人生は終わってしまいます。

「お金持ちになれば『幸せになれる』と思うだろうけどね、それは『創造主が作った落とし穴だよ』」

と言うのは、お金持ちになれたら幸福というゴールに届いてそこから先は永遠の幸福になるような錯覚で生きていると、今ここで歩いている道を歩むことが疎かになり、歩くことそのものが人生であり、それを充実させることが「幸福」だということに気づかずに、そのまま「お金のことばかり」で生きて「死」というゴールまで何一つ本当の人生の歓びを知ることもなく到着してしまうってことです。

 『創造主が作った落とし穴』とは、そういうことで、それに気づかずに「お金のことだけを見て、それを心配して人生そのものの道を歩くことを楽しまずに歩いていると『虚無』という『落とし穴』に落ち、そこでまごまごしているうちに『死』というゴールが近づいてきてそのまま『人生終了』しちゃうよ」。っていうことなんだと思います。

 私自身そんなに偉そうなことは決していえません。まして私は決してお金持ちではないので、上述の内容は貧乏人の遠吠えのように感じる方もいらっしゃるかと思います。ですがよく考えてみると一番大切なことは、充実して今を生きているかどうかだと思います。自分がやるべきこと、社会の中で自分の役割を自覚して生きていくことが『創造主の作った落とし穴』に落ちない生き方になるのだと思います。福澤諭吉曰く、「世の中で一番さびしいことは、する仕事のないことです。」
 参考までに、福澤心訓を載せておきます。

福澤心訓

 最後までお読みいただき、ありがとうございました。


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