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#55 子どもが大人を育てる

  「子どもが大人を育てる」と聞いて、みなさんはどのように感じますか?普通は逆ですよね。しかし、以下の話を読んでみると子育てがいかに大人を育てることにつながっているかうなずけると思います。自分を含めて全ての大人が子育ての意味を考える機会になればと考え、記事にしました。

 子育てで大事なことは、子どもを育てる以上に、子育てを通じて親が親らしくなっていく、人間らしくなっていくことだと思います。しかし、残念ながら社会全体で、子育てを通じて育つはずの「親心」がどんどん消えている状況だと思います。アメリカで33%の子どもが未婚の母から産まれているそうです。イギリスでは40%が未婚の母から産まれています。フランスで50%、福祉国家といわれるスウェーデンでは60%の子どもが未婚の母から産まれています。誤解しないでください。私は未婚や片親だけではいけないと言いたいのではありません。私は、「大量の男たちが自分の子どもの子育てに関わらない状況」になっているということを言いたいのです。0歳から5歳の子どもに関わるということは、大人が優しくなるということです。大人が想像力を身に付けるということです。大人が人間らしくなるということです。大量の男が子育てに関与せず、人間性を磨かない状況は、人類の歴史始まって以来、初めてのことだと思います。

 人は、喋れない乳幼児のニーズに応えようと一生懸命努力することで「親」になっていくのだと思います。だから、その時期の子どもが何を願っているのか。何を望んでいるのか。そのことを必死に理解しようとすることが大事なのです。たとえ完璧に理解できなくてもいいのです。その機会を手にしてそれを理解しようとすることで「親心」が育っていくのだと思います。
 以下は元埼玉県の教育委員長だった松居和さんが講演の中でされた話の一部です。大人が子育てを経験することがいかに重要なのかよくわかりましたので紹介します。

 ある幼稚園で「親心を育む会」という会をつくり、「親を親らしくするにはどうしたらいいか」を考えました。そしてスタートさせたのが「1日保育士体験」です。年に1回、1日8時間、親に1人ずつ、保育士体験をしてもらう取り組みです。
 今、埼玉県や高知県、福井県でも全県で取り組んでいます。東京都品川区ではやり始めて3年になりますが、ある保育園では、女の子がお母さんに、「お誕生日プレゼントは要らないから、1日保育士体験に来て」と言ったそうです。「お友だちのお母さんもお父さんも参加した。私もお母さんを自慢したいから来てほしい」と。これだけ無心に自分の親を自慢したいと思ってくれる時期なんかありませんよ。この時期に親たちが親として育っていくのです。
 男性の園長先生が、父親を1日保育士体験に引きずり出すのに喜びを感じている保育園があります。父親が「俺はこういうの向かないんだよ」と言っても、「いいからやるんだよ」と参加させるんです。それで父親がお昼寝の時間に、4歳の娘の背中をポンポンと叩いて寝かしつけていたら、娘がふと「お父さん、ありがとう」と言ったのです。その父親はポロポロ泣き出して、園長に「やってよかった」と言って帰っていったそうです。こういう体験が、その後の父親の人生、一家の人生を変えるのです。
 「親心を育む会」のホームページには、親たちの感想文が1000件以上掲載されています。特に父親は「人生が変わった」という人が多いです。こういう機会を少しずつでも増やしていけば、まだこの国は大丈夫だと思います。

 奈良県にある保育園に、ある年、どうしようもない父親が3人来たそうです。どんな父親かというと、子どもに無関心な父親です。関心さえあれば、その関心が少々曲がっていても、あるいは通常の350倍ぐらいあっても、大した問題ではありません。マザー・テレサが「愛の反対側にあるのは憎しみではない。無関心だ」と言いましたが、この無関心が人類にとって致命的なのです。
 その園では、子どもに無関心な父親3人を、24 時間のお泊まり保育に引っ張り出しました。1人や2人の我が子と24 時間過ごしたって男の人生観なんてそうそう変わりません。でも、100人、150人の幼児に24 時間囲まれて過ごすと、男の人生観、幸せの物差し、感性は一気に180度変わります。遺伝子のスイッチがオンになるのです。
 この3人の父親は24 時間のお泊まり保育の後、3人で「父の会」という会をつくりました。「幸せというのは掴み取るものでも、勝ち取るものでも、成し遂げるものでもない。物差しの持ち方だ」ということに気付いたのです。砂場で遊んでいる幼児たちを見て。そして、「大切なのは仕事でも、お金でも、名誉でもない。自分が死んでも自分の子どもは安心して生きていけるという信頼関係だ」と思って、その会を作っていくことにしたのです。
 1日保育士体験に自分の父親がやって来ると子どもは大喜びします。いるだけで喜ばれるのです。しかも、何年ぶりの再会じゃありません。今朝一緒にご飯食べた直後なのに、保育園でまた会えたことで喜ばれるのです。こういう喜ばれ方を子どもたちからされると、生きる力が男たちに付いていくのです。今、男たちには、「生きているだけでいいんだ」と言われる時間が必要です。それができるのが、1日保育士体験です。 

 島根県には、20 年ぐらい前から夏休みを利用して、小学生・中学生・高校生に3日間の保育士体験をやらせている先生がいます。その3日間の保育士体験をやった子どもたちの作文を読むと、幼児たちが人間を育てているということがよく分かります。
 小学校5年生の男の子がこんな作文を書いていました。「保育園に行った。どうしていいかわからなかった。黙ってそこに立っていた。そしたら、男の子が近付いてきて『遊ぶか?』と言った。それがとっても嬉しかった」作文に書くのだからよっぽど嬉しかったのですね。この「遊ぶか?」と声を掛けた男の子にしてみれば保育園は遊ぶところ。そこに来たお兄ちゃんが黙って立っていた。これは変だなと思ったから「遊ぶか?」と声を掛けた。そこには私利私欲・駆け引きはありません。人間は幼児と付き合うことで、裏表のない人間関係を持つことの大切さに気付くのです。
 この3日間の保育士体験に、普段コンビニの前でしゃがんでタバコを吸っているような茶髪の高校生が来ます。こういう高校生に限って園児には人気があります。ハートが似ているからです。こういう高校生は、園児の間で人気者になると人生が変わります。神様、仏様から「そのままでいいよ」と言われたような気になるのです。これが高校生の生きる力になっていくのです。ちょっと前までの、やんちゃな高校生といったら、ズボンを下げて、ふんぞり返っていました。それを見た園児は面白いのが来たと思って、「ズボンはこうやって履くんだよ」と言うのです。そうすると、言われた高校生がスッとズボンを上げるのです。校長、教頭、生徒指導主任が3年間、何度注意しても上げなかったズボンを、3歳児が注意しただけでスッと上げるのです。ちょっとやんちゃな高校生でさえ、幼児と関わるといい人間性が引き出されていくのです。これが幼児の力です。
 子どもたちの保育士体験2日目、別の小学校5年生がこんなことを書いていました。「子どもたちにシャボン玉をやってあげた。僕はちっとも面白くなかったけど、子どもたちが楽しそうにしていたのが嬉しかった」これも作文に書くくらいだから、よっぽど印象に残ったのです。しかもこれ、他人の幸せを自分の幸せと感じる体験、つまり、世の中で一番上等な幸せの物差しです。
 この物差しを持っていれば親であることは即ち、幸せになります。なかなか教えられないこの上等な物差しを、園児たちは小学校5年生に2日目で気付かせているのです。これが園児の力です。
 3日目、別の小学校5年生はこんな作文を書いていました。「3日目になると、もう保育園にも慣れてくる。おんぶして、抱っこしてと言われて本当に疲れた。でも、僕も昔はこうだったのだなぁと思った」これもすごいことです。ポイントは、「僕も昔はこうだったんだなぁ」と思っていることです。親たちが、週に一度、こう思うことができれば、子育ては大丈夫です。
 親たち全員が3歳だったことがあります。全員が「おんぶして」「抱っこして」と言っていた時期があって、おんぶしてくれた人、抱っこしてくれた人がいたのです。一度もおんぶ、抱っこされないで育った人はいないはずです。そして、この事実をどれだけたくさんの人たちが思い出すかが社会の質になるのですね。絶対に自分1人では生きられなかったのだということを、幼児を眺めて自覚することで、社会は優しくなっていくのです。

 新潟に、遠足の付き添いは全員父親と決めた保育園があります。その保育園で50 人ぐらいの子どもが父親と一緒に山へ登ったところ、1人のお父さんが園長に言いました。「利害関係のない友だちができたのは久しぶりです」と。この利害関係のない友だち、これが実は男たちにとってはとても大切な生きる力になります。山のてっぺんに着いたらビールの自動販売機がありました。男は楽しくなるとお酒が飲みたくなるものです。1人のお父さんが、「園長先生、保育園の遠足でお酒はいけませんよね?」と聞いたら、園長は、「私は最近、目も耳も遠くなりまして」と言いました。それでお父さんたちは自販機に殺到し、お父さん同士で飲み会が始まり、その周りを子どもたちが勝手に遊ぶという光景が生まれました。
 こういう光景の中で育った子どもたちは、お父さん同士が友だちかもしれないという部族の意識を持つようになります。お父さん同士が友だちかもしれないという意識を幼稚園・保育園で子どもたちに植え付けることができたら、いじめは起きなくなります。小学校・中学校でいじめが起こっているのは、親同士が絆をつくっていない、親と教師が信頼関係をつくっていないことも理由の一つです。
 別の保育園では、バザーで物を売るのは全員父親と決めたところがあります。あるお父さんが、わたがしを売る係になりました。事前の打ち合わせで、わたがしは1人1本ずつと決まっていました。当日、そのお父さんの息子さんがお母さんと一緒にわたがしを買う列に並んでいました。順番が来た時、息子さんがお父さんに、「僕、どうしても2本欲しい」と言ったのです。3歳児が2本と言ったら2本です。理屈じゃありません。それで、そのお父さんは「内緒だぞ」と言って2本あげたそうです。そしたら、それを見た後ろの子が、「僕も2本欲しい」と言ったので、また「内緒だぞ」と言って、2本あげたのです。それを見ていた奥さんが、後で園長先生に「なぜかその時、涙が出るほど嬉しかった」と言ったそうです。その「内緒だぞ」という旦那の顔を見て、奥さんは久しぶりに旦那の人間性に感動したのです。
 夫婦というのは、こうやって幼児の言動などをクッションにして会話をしていくと、人間性の確認ができます。幼児の役割というのは、大人たちから、元々ある「いい人間性」を引き出すことなのです。それが引き出される瞬間を夫婦がお互いに眺め合う。これが子育てなのです。
 全く赤の他人である男女が夫婦となって、相手のいい人間性を確認し、信頼関係をつくるために子育てがあるのです。特に幼児期の子育てが大事です。

 ある幼稚園でこのわたがしの話をしたら、1人のお母さんが近付いてきて言いました。「同じような体験をしたことがある」と。子どもが1人の時、よく親子3人で手を繋いで歩いていたそうです。 2人目が産まれて、ある時、旦那が上の子の手を引いて前を歩いていた。その後ろを自分がベビーカーを押して付いていったら、前を行く旦那と上の子の後ろ姿にとても感動したそうです。夫婦というのは後ろ姿でさえコミュニケーションできるのですね。前を行く旦那と上の子の後ろ姿に感動できるような心の目、幸せの物差し、感性を持てたのは夫婦で子育てしてきたからです。ぜひ、子育てを通じて、そういう感性を育ててください。

 長野県茅野(ちの)市にある保育園で、1日保育士体験を勧める講演を、1年目は母親対象に、2年目には父親対象に、3年目は祖父母を対象に行いました。そうしたら昨年、すべての園庭に「どうぞの椅子」というベンチを置いて、そこにいつもおじいちゃんおばあちゃんが座っていられるようになりました。これがあるとすごくいいことがあります。3歳児だと保育士1人で20 人を見ます。3歳児20 人を8時間見れる人間なんか本当はいません。
4歳児だと1人で30 人です。そんな状況で毎日保育をやっていると、「今この子の背中を30分さすってやれば、この子の人生は変わるのに」という瞬間に直面することがあります。でも、あと29 人いるから、5分しか背中をさすってやれません。そんな時、園庭の「どうぞの椅子」におじいちゃんおばあちゃんが座っていれば、「この子をちょっとさすってやってください」とお願いすることができます。おじいちゃんおばあちゃんから十分にさすってもらえたら、必ずその子の人生は変わります。

 子どもに触れ、子どもから愛されることで救われた大人はいっぱいいます。子どもに救われた大人は、子どもを守ります。この順番を間違えてはいけません。まだ一人前になっていない幼児が、実は私たち大人を育てているということです。
 これは子どもの天命なのです。これを経験した子どもは健やかに育っていきます。

 反対に、幼児期に親を育てられなかった子どもたちは、中学生になっても、高校生・大学生になっても、何か問題を起こして親を育てようとします。これが不登校やいじめの原因です。親に迷惑を掛けている子どもの行為は、結果的に親を育てているのです。ぜひ幼児期の子どもに天命を果たさせてあげてください。

 学校の先生も、1日保育士体験をやると元気になる人が多いです。幼児をただボーッと眺めるだけで、自分の目の前にいる中学生・高校生の中に、その子の幼児期が見えてくるようになるからです。親は自分の子どもが20 歳になっても30 歳になっても、小さい頃の姿が、その子の中に見えています。それがその子の本質なのです。
 その本質に語り掛けることで、言葉は通じるようになります。でも、中学校くらいの校長になると、目の前にいる中学生しか見えないわけです。ある時、幼稚園の園長が私に言いました。「親友の中学校の校長から、『お前のところの卒園児が中学3年で不良になって本当に困っている』と言われたので、これは見に行かなきゃいけないと思って見に行ったら、幼稚園の時のあの子がちゃんとそこにいたのです」と。
 園長には見えたのです、その子の本質が。一方、校長には見えなかったのです。

 この差は大きいです。子育てというのは、本来ならその子の小さい頃を知っている人たちによって行われるものなのです。その一番の適任者が親です。それが今欠けてきているから、子どもたちがものすごく不安になっているのです。 

 1日保育士体験をすべての幼稚園・保育園でやるようになったら、それだけでもこの国は変わると思います。それくらい幼児の集団というのは我々大人を育てます。

 

 どうですか。「子どもが大人を育てる」意味がおわかりいただけましたでしょうか。親子の関係だけでなく、学校でも先生が「子どもから教わること」は非常に多いと思います。でも、上から目線の先生はそのことに知識として知っていても肝心なことに気づかないと思いますが。子どもから教わっていると本当に思っている先生は、教育を畏れ、いつも謙虚な姿勢です。

 最後までお読みいただき、ありがとうございました。




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