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諸星大二郎デビュー50周年に接し、「妖怪ハンター・生命の木」を回顧する

 1970年代〜90年代にかけてその独自の世界観により多くの熱狂的なファンを生み、今尚、カルト的な人気を集める諸星大二郎が作家デビューして50年となった。今でも、諸星信者を公言する有名人や漫画家も多く、今や生きる伝説と言っても過言では無い漫画家の1人である。彼の漫画は、一般的にオカルト的に扱われる古史古伝をモチーフに、日常世界が徐々に壊れていく様を、独自の筆致や解釈で描く。特徴的なストーリーは膨大な資料や調査に基づいて創作されており、それは漫画という範疇を超え、もはや文芸に近いと評する意見もあるほどである。

 さて、諸星作品では、地域の風習や習俗に根付いた宗教をテーマにするものが多い。とりわけ、筆者が最も影響を受けた作品に、週間少年ジャンプに連載されていた『妖怪ハンター』の「生命の木」というエピソードがある。

東北の隠れキリシタンに伝わる「世界開始の科の御伝え」という聖書異伝にある、もう1つの人類の祖先を巡る話。東北の山村「はなれ」と呼ばれている地域に住む善次という男が十字架にかけて殺される。事件に遭遇した稗田は「はなれ」に伝わる言い伝えを読み解き、長い間に渡って葬式を出していない彼らこそ、知恵の実を食べたあだん(アダム)とは別に、生命の木の実を食べた「じゅすへる」の子孫であると指摘する。そこへ、善次の死体が消えたという報せがあり、洞窟へ向かうと…。(出典:諸星大二郎 デビュー50周年記念 異界への扉

 潜伏キリスタン(隠れキリシタン)というと、世界遺産となった長崎・五島列島をはじめとした九州地方が有名だが、当時は国内広くに散在し、全国各地に集落があった。しかし、厳しいキリスト教弾圧の中、多くの土地では次第に途絶えていってしまったと言われる。そんな中、舞台となっている東北地方は潜伏キリシタンの遺構などが残る数少ない地域の1つである。岩手県一関市大籠集落には、キリスト教の布教と殉教の歴史を伝える資料館があり、今も潜伏クリスチャンの遺物を見ることができる。

 話を物語に戻そう。この「生命の木」のエピソードはもちろん創作であるし、「世界開始の科の御伝え」も実際には存在しない。しかし、丹念な取材に基づいた物語は、昭和の時代に入ってなお、奇怪な存在として扱われ、周囲の集落からも疎んじられていた潜伏キリシタンの様子を克明に表現している。潜伏キリシタンの歴史がなかなか公にならないのは、彼らが外との関係を断絶し、多くを語ろうとしないからだと言われているが、その関係性の一旦を垣間見ることができる。物語は、若干突飛な形で終わりとなるものの、短いストーリーの中に、潜伏クリスチャンの生活文化や信仰する教え、社会環境などが凝縮された描写が、事実と虚構がないまぜになった物語構成とともに、なんとも言えない読後感を残す。諸星作品の特徴が収斂された名作の1つなので、是非、一読して欲しい。

 それにしても、「週間少年ジャンプ」が最大発行部数653万部という伝説的な記録を残す前夜には、このような実験的な漫画が連載されてたという事実にも驚く。腐女子向けに全振りしている今の状況を憂う、小学生以来のジャンプファンの筆者としては、諸星大二郎の再登板に心から期待したい。

 尚、諸星大二郎デビュー50周年として、昨年から全国で展示会を実施している。現在、東京都三鷹市の三鷹市美術ギャラリーで10月10日(日)まで開催中である。今回紹介した、「生命の木」の原画なども展示している他、作品に関わりの深い歴史・民俗資料などもあわせて展示されている。諸星ファンのみならず、歴史や習俗に関心の高い皆さんも、是非おすすめしたい。

デビュー50周年記念 諸星大二郎展 異界への扉
2021年8月7日(土)~10月10日(日) 
会場:三鷹市美術ギャラリー
詳細:https://mitaka-sportsandculture.or.jp/gallery/event/20210807/

(text しづかまさのり)

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