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保育園・こども園のキャリアパスを根本から考える

保育園やこども園からキャリアパスや賃金制度を作りたいというご相談がとても増えています。少し前までは処遇改善の申請や加算の配分といったテクニカルな部分のご相談がほとんどだったのでとても良い変化です。
とはいえ、全国各地の園経営者の方々とお話をしていると、キャリアパスに求めるものにかなりの温度差があるということに気づきました。

そもそも、「保育園のキャリアパスと言えばこういうもの」という定義はない中でどのように考えていけばよいのか。事務所でもかなりの議論が白熱しており、これから少しずつ事例とともに紹介していきたいと思います。

【今回の目次】
1.キャリアパスとは
2.保育所保育指針から読み解くキャリアパスの考え方
3.保育所・こども園の課題と経営者が求めるキャリアパス
4.保育士の立場から見たキャリアパス

1.キャリアパスってどんなもの?

処遇改善等加算の要件でもあるキャリアパス。キャリアパスとは保育園特有のものではなく、人が働く上での成長指標になり得るものです。組織の中で機能するもののように見えますが、個人として組織を超えたキャリアパスを自ら据えてもよいと考えられます。
ウィキペディアで調べるとこのような表記。

キャリアパスとは経営学用語の一つ。企業においての社員が、ある職位に就くまでに辿ることとなる経験や順序のこと。また個人の視点からは、将来自分が目指す職業を踏まえた上でどのような形で経験を積んでいくかという順序・計画を指す。(ウィキペディア)

処遇改善等加算Ⅰのキャリアパス加算や処遇改善等加算Ⅱの副主任や専門リーダーといった新たな役職定義の存在も手伝って、キャリアパス=賃金制度と結びついた評価指標と捉えられることが多いのですが、本来のキャリアパスというのは、キャリアアップしていく上でどのような経験を積み、どのようなスキルを身につけるべきかということが明確に示された道筋であるということが言えるでしょう。

2.保育所保育指針から読み解くキャリアパスの考え方

保育所保育指針の中にもキャリアパスという文言が出てきます。しかしキャリアパスとは?という定義には触れていないのです。文脈から読み解くと、

保育の質の向上のためには保育に関わるあらゆる職種の職員一人一人が資質の向上を目指す必要がある。
一人一人の職員が、自らの職位や職務内容に応じて、組織の中でどのような役割や専門性が求められているかを理解し、必要な力を身に付けていくことができるよう、キャリアパスを明確にする。

こんなことが書かれています。やはりここでも賃金や評価指標としてのキャリアパスではなく、保育の質を高めるのために職員の資質を向上する、そのための指標であるということが言及されています。そこからキャリアアップ研修につながっている、ということも見えてきます。
しかしながら分かりづらいのは、キャリアアップ研修の科目は明確に定められているのに対して、そもそもの保育所等におけるキャリアパスについては例示がないことです。乳児保育や幼児保育、食育に安全衛生といった専門科目が並ぶ一方で、キャリアパスに必要な職務職責、役割定義、必要とされるスキルといったものはどこにも書かれておらず、各施設の考えにゆだねられています。ですから、本来は「副主任とはこういう役割でこうした職務内容を担い、このような責任を負っている。なので副主任の役職に就くためにキャリアアップ研修のこの科目を学んできてください」といって研修指示がなされるべきなのですが、実際にそのような具体的な指示を行っている施設はなかなかないでしょう。
後述のとおり、例示することが困難だという背景もあるのでしょうけれども、実際に多くの施設と向き合って感じることは、現場、特に経営者が求めるキャリアパスは、目的が少し異なるということです。

3.保育所・こども園の課題と経営者が求めるキャリアパス経営者が求めるキャリアパス

ここ最近、なぜここまでキャリアパスが注目されているのかというと、以下のような理由が挙げられます。

✓処遇改善等加算の理解が深まったこと、賃金改善が進んだことににより、経年による昇給だけでなく能力や職務に見合った給与を支給していきたいという、一般企業で言えば当然ともいえる給料制度の考え方が浸透してきた

✓育休復帰者の増加、潜在保育士の積極採用等により、多様な働き方が求められるようになり、同時に給与体系もシンプルなものでは対応できなくなってきた

やはり、職員の給料を考える上での指標と捉えている施設がほとんどです。

保育収入には上限があり、なかなか評価に応じた給与を支払うといったことが難しい状況にあった保育業界ですが、処遇改善等加算によって大分状況が変わってきています。この制度の使い勝手や善し悪しについての議論は置いておいたとしても、実際に保育職員の給与水準が上がってくると、こうした議論が出てくることが分かりました。
 また、結婚出産を機に退職する職員が多かった業界で育休取得・復帰を希望する人が増えたことも要因の一つと言えるでしょう。育休復帰者は子どもが小学校に上がるまでに育児介護休業法によって時間短縮や残業制限を請求することができますが、保育施設等の場合は単に時間を短くするだけでなく「勤務可能な時間帯の制約」も生じます。たとえば、子どもを別の保育園に預けて働くことになれば早番・遅番が難しくなるといったケースです。
 昔であれば、「そこまで制約がかかるならパートになって」と言っていたかもしれませんが、人手不足で少しでも正職員を確保したい状況や、パートになってしまうことで補助的な仕事しかしてもらえなくなることで保育の質が下がることへの不安から、施設側も何とか多様な働き方を模索するようになってきています。
 このように、賃金原資に幅を持たせられるようになってきたことや職員の働き方の多様化、キャリアビジョンの多様化により、職務・職責を整理することがかなり難解になってきている状況です。
 また、同一労働同一賃金の観点からも、職務分析が必要だとか、職務ごとのレベル感を整理したいとか、そんなニーズも聞こえるようになりました。

4.保育士の立場から見たキャリアパス
~できない新人と言われた私が20年後に思うこと~

では、職員はキャリアパスというものをどのように感じているのでしょうか。それこそヒアリングをしたら幾通りもの答えが出てきます。多いのは「自分がどうすれば給料が上がるかという指標がほしい」というもの。やはりキャリアパスは給与と結びつくと考えている方が多いです。
 
その中でとても印象的だったある保育士のお話をご紹介します。


数名の同期とともに入職した。私は2歳児の担任、もう一人は0歳児担任。
私は先輩と二人で担当したのだけど、先輩がほとんど主になって動き、私は集団から外れる子のフォローなど、とにかく先輩から指示された補助的な仕事をこなしていた。
一方、0歳児の担任になった同期は、乳児の数が少なかったこともあり、一人の赤ちゃんをじっくり担当させてもらい、乳児保育についてしっかり学ぶことができていた。
3年経って(その後新卒入職がいなかったので3年経っても新人と呼ばれていたそう)、彼女は「できる新人」、私は「できない新人」と呼ばれるように。
当時の私は、自分は落ちこぼれなんだという劣等感で保育士という仕事に自信が持てずにいた。
 でも転職したり3回の出産を経ながらも20年近く、保育士の仕事を続けてこられてようやく自分に自信も持てるようになった。そして当時を思い返したとき、こんなふうに思う。

もし私に同期と同じ経験の機会が与えられていたら、「できない新人」と呼ばれただろうか。
経験年数だけでは測れない職務経験というものがある。
担当する年齢や所属する施設によって得られる経験は全くと言っていいほど違う。それを、皆同じ基準で「できる・できない」とジャッジされることがその保育士のためになるだろうか。
もしもキャリアパスというものがあるのであれば、園長やリーダーがそれぞれの職員に対して経験の機会を与えるための指標であってほしい。
20年経った今、私はそういう視点で後輩の育成を考えていきたいと思っている。

彼女の言葉こそがまさに、指針が伝えているキャリアパスの目的そのものでした。
もちろん、経営者が求めるキャリアパスの役割も必要な視点です。ただ一方的に作成するのではなく、保育の質向上・職員の資質向上という視点も十分に踏まえた上でつくられるものであるべきなのかもしれません。
そんな風に考えていけるとこれからの業界がより良くなっていくのではないかと考えています。

次回以降、さまざまな具体例とともにキャリアパスを紹介・解説していきます。お楽しみに。

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