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不可逆な体験をすると人は進まざるを得なくなる、らしい。

こんにちは、WOOD STOCK YARDの林です。

noteをはじめて少し勢いづいています。
Facebookでシェアしたらたくさんの友人・知人がいいねやコメントをくれて、人の温かさにじんわりし、続きを書く勇気とモチベーションをもらいました。

前回は僕と未活用の木材、なかでもウエスタンレッドシダーの未活用材との出会いの話でした。

そんな出会いを経て、今度は僕自身が未活用木材の消費者から、活用者へと変遷していく様子をお話ししたいと思います。

自宅のウッドデッキを施工したDIY日記のようになっていますが、建築家の伊藤暁さんや大工さんたちとのこの経験が、僕を木材屋さんへの道を歩ませたと言っても過言ではないと思います。

ある友人が「不可逆な体験」という言葉を綴っていたのですが、僕にとってはこのウッドデッキの施工プロセスこそが、まさに不可逆な体験となったように思います。
なにかもう、後ろに戻れない体験って誰しも一度や二度はあるのではないでしょうか。
別にDIYが初めてだったわけでもなく、自分でも不思議に思うこともあるのですが、いろんな人に「なんで木材屋さんになったの」と聞かれてみて、
なかなかうまく答えられなかったその原点は、この一連のプロセスの中にあるように感じています。

さてさて、最後までお読みください。

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家の新築工事は無事完了し、住みはじめたのだが、ひとつ大きな宿題が残っていた。

「ウッドデッキはじぶんで作る」と言ってしまったのだ。

どうしても広いデッキがほしかったので、家の東面と南面を全面デッキ化する計画にしてあった。
面積を割り出すとだいたい70㎡ある。(いま思うと広すぎる)

大工さんからは軽井沢は夏場の湿気がひどく、杉や檜ではあっという間に腐ってしまうと言われたので、当初は南洋材のバツーを材料だけ入れてもらって、自分で施工しようと考えていた。

ところがウエスタンレッドシダーの未活用材という新たな選択肢を手に入れた僕は、早速建築家の伊藤暁さんを伴い、新木場のストックヤードへとウッドデッキの材を探しに行くことにした。

補足として触れておくと、ウエスタンレッドシダーは国内では元祖デッキ材として、まだバツーやウリンなどの南洋材がほとんど入ってきていない頃から活用されてきた木材であり、屋外で見事にその性能を発揮し、軽井沢の多湿な気候にも最適なのである。

デッキ材探しの当日、木材会社の本社に行くと、社長がフォークリフトを操作しながら僕らを迎えてくれた。
が、しばらく作業の手を止めない。
「お忙しいタイミングで来てしまったかな…」
と気になりながら待っていた。

ようやく社長が手を止めてこちらにやってきて、開口一番
「林さん、これどう?」と言った。

レッドシダーの大きな無垢板たち。厚さ100mm、長さは4mオーバー。
どこからどう見ても銘木にしか見えない。

写真だと伝わりにくいが、長さ4mを超える特大の無垢板だ。厚さを見ると100mmある。しかも何枚も。

あんまりにも板が大きいので
「どこかの飲食店のカウンターの注文でも入って板を選別しているのかな」
などと想像しながら他人事として巨大な無垢板たちを眺めていた僕と建築家の伊藤さんは、急にそれが自分たちの目の前に置かれていたことを知って目をまるくしていた。

そりゃあこんな板を使えたらいいだろうけど、いったいぜんたいいくらするんだろう…。

絶対に予算にはまらないと思った僕は、板の素晴らしさには素直に感嘆しつつも、正直に予算的には難しいとお伝えしようと覚悟していた。

ところが社長がぺらりと仕入台帳をめくりながら伝えてくれた価格は十分に我が家でも検討できるものだった。

伊藤さんはもう目が血走っている。
完全に建築家の魂に火が入ってしまった。

懸案事項は、我が家のデッキ70㎡分を全てこの板でまかなえる分の在庫はないことと、そしてさすがに予算オーバーであること。

というわけで本社から少し離れたストックヤードに行き、さらに在庫を見せてもらうことになった。
そこで見つけたのが、さきほどの無垢板よりは少し幅が狭く、厚さ60mm厚にスライスされた無垢板だった。
レッドシダーとしては細い(といっても200〜400mmある)丸太があったそうで、製材するには細すぎるために、60mm厚にスライスしたものだそうで、大量に積まれていた。

それを見て伊藤さんが編み出したのは、デッキの手前側をすべて100mmの厚板で囲み、内側を60mmの材で埋めてゆくという手法。

これなら見た目は全て100mm厚の無垢板でデッキを組んだように見える。
即決だった。


伊藤さんが編み出した施工方法の断面図。手前側は100mmの厚板にし、奥側を60mmの板にすれば、外からの見た目はすべて100mm厚の板で作っているように見えるという算段。

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さて施工である。
家を施工してくれた大工さんたちが本当によい人たちで「ゴールデンウィークは工事ないんで手伝いますよ」と、ボランティアでサポートにきてくれることに。
そこに建築家の伊藤さんも加わって6人がかりでデッキを施工することになった。


木材の搬入。4tトラックに満載のウエスタンレッドシダーが届いた

贅沢にも4人の大工さんが手伝いにきてくれたのだが(そのうち3人は兄弟)、全員が手刻みのできる強者。
おかげでデッキの躯体はなんと初日の午前中に組み上がってしまった。

組み上がったデッキの躯体。デッキ材が厚いので、根太のスパンも広い。

ここからが大変で、コストダウンのために採用した60mm厚の板が両耳つきの材なので、デッキに使えるように全て耳を落としていかなければならない。

さらに製材が60mm厚ピッタリではなく、かなりばらつきがあるため、カンナで厚さを揃えていかなければならなかった。
ちなみにこの作業のために僕は自動カンナを買ってしまったのだが、その後のDIY生活でも相当出番の多い電動工具になった。

材の耳を落とすのが伊藤さんの、そして自動カンナで厚みを揃えるのが僕の仕事になった。


ひたすら墨付けをして、丸鋸で耳を落とし続ける建築家の伊藤さん。最終的には定規もなくフリーハンドでほぼ真っ直ぐ材を切り出せるほどに習熟していた
厚みを揃えるための自動カンナ。い まとなっては欠かすことのできないDIYのパートナー。これがあるだけで、できることの幅がグンとひろがる。

大きな材の加工は結局ほとんど大工さんたちにやってもらってしまったが、そのあまりの手際のよさには、感心を通り越して感動してしまった。
考えこむということが一切なく、阿吽の呼吸で4人の大工さんたちが次々と厚手の無垢板を加工していくさまは圧巻というしかない。

見ていて感じたのは、頭で考えるというか、手で考えている感じ。
手刻みで鍛えられてきた大工さんたちの加工スピードには全くついていけず、何をしているのかもわからないまま、文字どおりあっという間に終わってしまった。


ログハウスも建てる大工さんは、厚板の耳の加工もお手のもの。曲面カンナとグラインダーでよい感じに加工してゆく。分厚い無垢板はこのまま耳を残し、表情として生かした


手刻みする大工さんじゃないと持っていない大型の丸鋸。100mm厚の板は通常の丸鋸では加工できないため登場。手刻みすることがめっきり減ってしまったので出番が減ってしまっているそう。使うたびに何度かブレーカーが落ちた。


耳を落として厚みを揃えられた木材たち。


施工されたデッキ。写真左側に見える外側は100mm厚の材で、右側は60mm厚の材を並べている。


分厚い無垢板の迫力がすごい。既存の柱にはまりこむように施工。大工さんたちの加工技術によってぴったりと収まっている。


施工が終わったあと、みんなでパシャリ。3日がかりの予定が2日と少しで完成。その多くが製材作業だった。

このデッキの施工プロセスこそが、僕が木材を「自分ごととしてビジネスにしたい」と思うようになった決定的要因のように思う。

この時作ったデッキが「規格サイズの木材を使った一般的な形のウッドデッキ」であったら、未活用材を使って多少安く施工できていたとしても、こんなにも木材にのめり込んでいなかったかも知れない。

100mm厚のウエスタンレッドシダーの無垢板でデッキを組むというのは、通常のプロセスでは決して辿り着けないことだと思う。
だって、そんな無垢板が売っているなんて、しかもそれなりに検討可能な予算範囲内で分けてもらえるなんて、以前の僕には想像もできなかったし、世の建築家だってごく一部の人しか知らないことなんじゃないかと思う。
もちろん大枚叩けば大概のことはできるだろうけど、そういうことがしたいわけじゃないし、それを自分が普及する側になろうとは少しも思わない。

決定的に思ったことは
「未活用の木材こそおもしろい」ということだ。

商流から外れた木材を安く使えるということにとどまらず、規格の外にあるものこそ、とんでもなく個性的で、モノを作ることを面白く感じさせてくれるのかもしれないと思ったのだ。
このデッキの施工こそが、僕にとって不可逆的な体験だったんだと思う。

手伝ってくれた大工さんたちも、いつもどおりの施工ではなく、二度と扱わないかもしれないサイズの材を使って、その場のノリでワイワイ施工するのをすごくおもしろがってくれた。
作業しながら、かわるがわる誰かが「この板すげー」と言い続けていた。
2日半の間、ずっとだ。
「どんなものができていくんだろう」というグルーヴがあった。
今思い出しても愉しかったなぁ・・・。

と、そんなわけで施工の途中からはずっと
「こんな体験、ほかにもしたい人いるんじゃないか」
ということを考えていた。

さすがにこの時はまだ自分が木材屋さんになるなんて想像もしていなかったが、心の高鳴りはいまでも覚えている。

想像していなかったと言ったが、「想像しはじめた」が正しいかもしれない。
この愉しさをひろめたくて仕方がなくなってしまった僕は、ほどなくして木材屋さんにある提案をする。



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