木箱記者の韓国事件簿 第16回 鍾路のニセ刑事

 あれは2000年ごろのことだったか。昼休みを終え銀行に寄って30万ウォンほど下ろして会社に帰る道で男に「学生さんですか?」と声をかけられた。場所は鍾路。この界隈ではよく何かの勧誘に声をかけられる。相手をするだけ面倒なので「日本人なので韓国語はわかりません」とあしらって立ち去ろうとすると、男は懐から手帳を取り出し自分は刑事だと名乗った。勧誘でないのなら話くらいは聞いておこうか。刑事によると、鍾閣駅で女性が300万ウォンのスリ被害に遭った事件を捜査しているのだとか。「疑うわけではないが話を聞かせてほしい」というので了承すると、近くの喫茶店に連れて行かれた。

 テーブルで向かい合って座ると、刑事は飲み物を頼むでもなく名前が書かれた手帳を見せながら、この辺りではスリが多くこれだけの人が被害に遭っていると話し出した。この1週間で外国人を2人逮捕したそうだ。そして刑事はおもむろに携帯電話で電話をかけ始めた。その被害女性だという。犯人の顔を見ればわかるというのでその女性を呼んで「面通し」に協力してくれとのことだ。なにやら面倒なことになってきた。

 向かいに座っていた刑事は私の隣に移動し、身分証明書を確認させろと言い出した。刑事が隣に座ると反対側の隣は壁なのでいざというときに逃げられない。これは怪しい。「隣に座るのはやめてくれ」と制止し、「捜査には協力するが、その前にあなたの身分証を見せてほしい」と求めた。刑事はさきほどの身分証を見せるが、そもそもこちらは警察の身分証の実物は見たことがない。ラミネートされた身分証だがこれが本物かどうかはわからない。「これではないのはないのか。あなたが刑事であることを証明してくれなければ協力はできない」と言うと、刑事は話をそらそうとしたのか、「あなたを疑うわけではないんです。気を悪くしないでください。私が探している犯人があなたに似てるんですよ。女性が来ればすぐわかりますから」と言い出した。刑事が探している犯人は私に似ているのか。「へぇ、犯人の顔を知ってるんですか。手配写真でもあれば見せて下さいよ」と追及すると、さらに分が悪くなったのか、電話が来たふりをして「女性がそこまで来ている。迎えに行くから待ってて下さい」と言い残し外に出て行ってしまった。

 それから5分過ぎたが刑事と名乗る男は戻ってこない。もう帰ろうか。でもいま出ると男と出くわしてしまうかもしれない。とはいえ男が仲間でも連れてくればもっと厄介なことになりそうだ。ひとまず喫茶店のおばちゃんに「さっきの男は刑事だというが、韓国では喫茶店で職務質問をするのか?」と尋ねてみると、あっさりと「そんなわけないでしょ」と否定された。

 結局10分過ぎても男は戻ってこなかった。男はATMでお金を下ろしていた私を見て目を付けたのだろうか。最初はコロッとだまされてしまったが、よくよく考えるとおかしな点が多かった。幸い被害はなかったが、白昼堂々と詐欺師のような男がウロウロしているという事実は、韓国生活に慣れてきてちょっとたるんでいた気持ちを引き締めてくれた。その後本物と偽物を問わず刑事に職務質問されたことは一度もない。もしそういうことがあれば、確実に相手の身分証を確認し、可能であれば近くの派出所で話を聞くのが鉄則だ。相手が派出所への移動に同意した場合も車に乗せられると危険なので徒歩での移動がベスト。偽刑事による詐欺(?)の手法がいまもあるのかは知らないが、用心するに越したことはない。みなさんもご注意を。

初出:The Daily Korea News 2016年10月31日号 note掲載に当たり加筆・修正しました。

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