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木箱記者の韓国事件簿 第9回 成り行き任せの旅

 韓国に来てから4年ほど過ぎたある日のこと。麗水行きの列車のチケットを買い求めた。特に理由はなかった。単にどこか地方に行きたかっただけだ。振り返ると釜山には行ったことがあったが、それ以外の地方には行ったことがなかった。せっかく韓国に住んでいるのだから、あちこち地方に足を伸ばしたいとは思っていたが、なかなかきっかけもつかめず、生来のものぐさな性格も災いし実現しないままだった。これではいかんと思い直し、積極的に地方旅行に出ようと考えたのだ。だが、地方に行くのはいいが、どこに行くべきなのか。それほど興味をそそられる場所は見当たらなかった。そこで、韓国全土をくまなく回るため、韓国の鉄道全線走破を目指すという目標を立てた。鉄道が通っていない地域もあるが、それでも全線走破を達成すれば胸を張って韓国各地を回ったと言えるだろう。その第1弾となったのが麗水だった。たまたま寝台列車が走っていることを知り、なんとなくチケットを買ってみたのだが、それ以外は何の下調べもしなかった。行き当たりばったりでいけばなんとかなるだろう。成り行き任せの旅というのも面白い。

 列車はソウル22時50分発。寝台車はまだ新しく、個室なので意外に快適だった。一眠りして麗水に着いたのは朝5時10分。10月に行ったので外はまだ真っ暗だ。駅に着いたはいいが、この時間に観光案内所が開いているはずもなく、どこに行けばいいのかさっぱり見当も付かない。幸い駅前に食堂が数軒あり、おばちゃんが手招きしていたのでそこに入り腹ごしらえのついでに情報収集することにする。注文したヘジャングクを食べながらおばちゃんに見どころを尋ねると、「向日庵に行くといい」とのこと。それがどこだかわからないが、成り行き任せなのだし、お勧めというのならそこでいいか。しばらくすると呼んだ覚えもないのにタクシー運転手が現れた。運転手も「向日庵がいい」という。ならばそうすることにしよう。ちなみに後で調べたら向日庵までは麗水駅から25キロも離れている。タクシーで行くにはなかなか遠いところだ。まさか食堂のおばちゃんとタクシー運転手はグルだったのか。タクシーは途中突山大橋や亀甲船などを通りながら向日庵に向かうが、メーターも結構な勢いで上がっていく。向日庵に着くとちょうど日の出の時間帯で、少々曇ってはいたが名所で日の出を拝めたのでよしとする。しかしこのままタクシーに乗り続けていると料金が大変なことになりそうだ。運転手に「適当に遊覧船乗り場で降ろして。船でも乗ってみるから」と告げると、「船か。船に乗るなら巨文島がいいぞ。刺し身も食べられるしいいところだ」と別のスポットを紹介される。これぞ成り行き任せの旅だ。言われるままに巨文島に向かった。フェリーターミナルでタクシーを降りたが料金は5万ウォンを超えていた。

 巨文島は麗水と済州島のちょうど中間地点に位置する。船に乗り2時間ほどで巨文島に着いた。観光案内所もなさそうなので交番に入り見どころを尋ねると、「それなら白島に行くといいですよ。ちょうど船が出る時間ですのでぜひ」とのこと。船は遊覧船で、1時間半ほどかけて99個の奇岩で構成された白島一帯を回り巨文島に戻ってくる。麗水に帰る船まではまだ時間があるので巨文島の島内を散策する。山に登ってみればなかなかの絶景だ。その後英軍墓地などを見ながら港に戻り、タチウオの刺し身と煮付けで食事を楽しんだ。なにも考えず行き当たりばったりだったにしては上出来な旅だった。向日庵も巨文島も、行くまではその存在すら知らなかったところだ。

 こうして地方ぶらり旅の楽しさに開眼し、暇を見つけながら2年ほどかけて鉄道全線走破を達成した。達成してしまうとなかなか改めて地方に行く機会もないのだが、目標達成からすでに10年が過ぎており、その間に鉄道もKTXの登場や、新規路線開業、ルート変更などの変化があった。その後再訪していない地方も多い。スマホで情報収集しながらの旅も否定はしないが、地元の人との触れ合いも捨てがたい魅力がある。韓国での生活に慣れてきたらこんな旅もお勧めしたい。

初出:The Daily Korea News 2016年9月5日号 note掲載に当たり加筆・修正しました。

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