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Grabには乗りたくない 1

その難題は、ホーチミン1日めに降って来た。
ANAの快適なフライトを終えて、4年半振りにタンソンニャット国際空港に降り立ったのは2024年3月26日21時半。
前回のときの現金が500.000VD(3,000円)ぐらい残っているし、SIMは日本で購入したし。
到着ロビーに並ぶ両替所やSIMショップを横目で見ながら順調にホテルへ向かう筈だった。
7.000VD(42円)の路線バスに乗って。

見覚えのあるタンソンニャットに一安心

「深夜にタンソンニャットに着いたらどうします?」
私が尋ねたとき、ホーチミン7区出身のユン先生は即答した。
「Grabが便利よ。アプリ紹介するね」
やっぱりGrabか。
先生のご家庭は裕福なんですね。
口には出さなかったけれど、そう思った。 
貧乏性の自分はタクシーなんてめったに乗らない。車も自転車さえも持っていない生活だけど、郊外とはいえ東京暮らし。
JR、私鉄、メトロ、バス…公共機関で賄える。
タクシー乗ったの、何年前の話だろう。
ああ、うちの子と行った札幌ドームの嵐のコンサート以来だ。
帰り道、雪の降りしきる中、飛行機に乗り遅れそうになってやむを得ず乗ったっけ。
あれもうちの子がいたからかも。
自分一人だったら恐れ多くてタクシーなんて乗れず、飛行機に乗り遅れていたかもな。
恐るべしだな貧乏性。

「ありがとうございます」
親切なユン先生の手前、Grabのアプリを入れてはみたものの、使う気なんてこれっぽっちも無かった。JFK国際空港からだってバス、シャルル・ド・ゴール空港からだって地下鉄でホテルまで行くのだもの。

ところがだ。
来ないのだ。
スーツケースが。
ターン・テーブルは回っているのに、運ばれて来るのは大きなダンボール箱やコンテナのみ。
たまにスーツケースは来るものの、私のようなSサイズではなく、LやXLサイズばかり。
円安、物価安の日本。
みんな何をこんなにいっぱい買い物したの?
見慣れたネイビーのスーツケースが回って来た
のは22時どころか23時に近い時刻だった。
それから大急ぎ、トイレに飛び込む。
3月の東京と違って外は常夏乾季のホーチミン。
長袖も上着もタイツもスーツケースに突っ込んで、Tシャツ一丁になるのだ。
大急ぎで着替えながら、大急ぎで思考を巡らす。
この時間の路線バスは果たして安全か?
路線バスの中で乗客と運転手に強姦され、殺された女がいたっけ。
いや、あれは若い女の話だし。  
しかも、インドの話だし。
ベトナムはスリは多いけど、殺傷事件は少ないと書いてあったし。
待てよ。
バス停からホテルまで結構歩くんじゃなかった?
しかも、繁華街離れた寂しい道を。
ああ、いくら安いからって離れたホテルにするんじゃなかった。
後を尾けられて、金品奪われて、その上、命まで奪われたらどうしよう。 
ああ、なんでもっと早いフライトにしなかったのだろう。
いや、23時じゃ遅すぎると思って21時半に着くやつにしたんだっけ。
ターン・テーブルが遅すぎるのよ。
なんでスーツケースを機内に持ち込まなかったのだろう。
いや、それは夏にタイ行ったとき、機内に持ち込んだらめっちゃ面倒臭かったからだった。
ああ、こうしちゃいられない。
とにかく行かなくちゃ。

頭の中がぐるぐるし出すと、いつもこう。
考えがまとまらないまま、勝手に体が動いていくのに任せることになる。
トイレから出たあと、いったん路線バスのバス停へ行こうとしたが、やっぱりくるっと反転してGrab乗り場に向かっていた。
恐ろしい目に遭うとも知らず。

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