シンプルな言い訳ーかもめ食堂ー

思い立って、会社帰りに銀座で映画。
日が長くなったこの頃は、19時前ならまだまだ明るい。

「かもめ食堂」。
それが、観たくなった映画。

Walkerplusの「観てよかった作品」の堂々一位に輝いている。
評価者の80%以上が5点満点。
どんな映画だろう、と気になった。

主演は小林聡美。
先クールの連ドラでも主演していたが、彼女って年齢不詳で、役柄によってとても綺麗だったり、不細工だったりする。
若く見えたり老け込んだりする。

「かもめ食堂」では、ナチュラルで優しくて女性らしくて、とびきり素敵な美人を演じている。
この人、こんなに綺麗なんだなあと感心する。
たぶん、役作りで随分痩せたんじゃないか。

準主役に片桐はいり、もたいまさこ。
個性派揃い踏み。
あとは全員フィンランド人の役者だ。

そう、舞台は夏のヘルシンキ。

小林聡美演じる主人公が、たったひとりでヘルシンキにオープンした食堂をめぐるお話。

彼女がなぜフィンランドに単身暮らしているのか、その詳細はわからない。
「どうして来たんですか?」と尋ねられても、彼女はいつもいい加減な思いつきで応答し、「・・・なーんてね」とはぐらかしてしまう。
そんな理由なんて、物語の中核には何の影響もない。
むしろ、理由が語られないことが、作品の意義を雄弁に語っていると思う。

同じように、片桐はいりやもたいまさこがヘルシンキに来た理由、残る理由についても、決して明確でない。
世界地図を目を閉じて指差してみたり、テレビのニュースがエアギター大会について報じていたり、およそどうでもいい偶然が、思い立ったが吉日に運命を導いただけのこと。

時々私は考える。
ほんの数ヶ月前のことが嘘みたいに、急に仕事が楽になって、自分の時間がたくさんできて、ダイエットも順調で毎晩自炊ができること。
仕事帰りに映画を観たり、本を読んだりできること。
とても嬉しいのだけれど、それでいいんだろうかと思ったりもする。

健康になった、元気になった、明るくなった、穏やかになった。
私が感じる以上の変化を、周囲の人も感じ始めて、確かに私は変わってきたのだと思う。
それもまた嬉しいのだけれど、それでいいんだろうかと戸惑ったりもする。

じゃあ、どうしたいの?と言われると、どうしたいとも答えられない。
ただ、戸惑っているというだけ。

ただおそらく、今はたぶん、これでいいのだと思う。
こういう生活やリズムを、心や体が求めていることは事実だ。

人生に目的は必要か。
大きな意味では必要だろう。
あるいは、小さな意味でだけ必要なのかもしれない。

私は決めつけられるのが嫌いだ。

以前よりもゆったりとした生活を始めたのは、その価値に初めて気づいたからじゃない。
ただ今、そうしたいと思っているだけだ。

スローライフはすばらしい。
それでも、それが何ものにも優るだなんて、そんなこと思わない。
「ゆったりした生活が一番よ」なんて言われると、「そんなことない」と言いたくなる。

くたくたになるほど疾走する日々を否定するはずもない。
走った人にしかわからないものがある。
走り続けたいとするなら、ずっと走り続ければいいと思う。
それもいいと思う。

走りたくないなら走らなければいい。
また走り出したくなったら走り出し、歩きたければ歩き、眠りたければ眠ればいい。

そういう自分の欲求への素直さを大切にしたいけれど、それを守っていくということは実はそれなりに難しい。
実際、今の生活の中で「これでいいんだろうか」と私によぎる想いは、ちょっとした不自由のように思う。

「これでいいんだよ」と自分に念を押し、心を自由に泳がせられればいい。
でもそれが「これがいいんだよ」と限定的なものになると、途端に反発したくなる。
分かるだろうか、この違い。

数多ある選択肢の中から、今の私が選んだ今の生活。
どこかにある正解を見つけるのではなく、なんとなくしっくりくる座り心地。

自分の求めているものを読む、フィーリング。
美味しいものを嗅ぎ分ける。

言い訳が多い。
できるならシンプルにいきたい。

かもめ食堂の、しょうが焼きや鮭の塩焼きはとてもとても美味しそうだ。
おにぎりの海苔は香ばしそうだ。
甘いものが苦手なので、シナモンロールにはいまいち惹かれないが、全てが丁寧に作られていく様子を見ると、それだけで心地よく美味しい気分でいっぱいになる。

布巾をかたくしぼる。
白木でできたテーブルを、丁寧に拭く。

ふっくらとした鮭の切り身がシンプルで白い丸皿にのって供される。
ああ、美味しそうだ。
おなかがすいた。おなかがすいた。

なんと幸福なのだろう。


かもめ食堂(2005年・日)
監督:荻上直子
出演:小林聡美、片桐はいり、もたいまさこ

■2006/4/27投稿の記事
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