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バッターボックスの侍-ラストサムライ-

荒川静香が金メダルを獲得するフリーの演技を終えたとき、ある有名なアメリカ人解説者がただ一言だけ"She is the woman"と言ったという話は、ちょっとした感動だった。

She is the woman.

「女性の中の女性」という称号の栄誉は、あの一分の隙もないしなやかなスケーティングにこそ与えられるにふさわしい。
それは、限りないストイックさと、研ぎ澄まされた才能に対して、たった一筋差し込む神々しいライトだ。
彼女は、きわめて日本的な女性の美しさを見せつけた、そういう人のように思う。

そして、きわめて日本的な男性の格好よさというのを持つ人を探すとすれば、それはきっとイチローのような人なのだと、随分前からそう思っていた。

先日のWBC決勝戦、その大舞台でも彼は多大な期待を過大なものにしない。
「彼ならやってくれる」と信じれば、彼は必ずやってくれる。

イチローはホームランバッターではないし、豪快なプレーをするわけでもない。
ただ確実に、着実にやってくれる。
彼の属したチームが例年優勝するかと言えばそうではないし、甲子園でも目立った活躍をしていない。
そもそもプロ野球にもドラフト4位で入団して当初は2軍で下積みをしていた。
清原や松井や松坂といったスターがプロ入団前から伝説を作ってきたのとは訳が違うのだ。

しかし、やがて、人々はイチローという存在を知る。
彼は腐りもせず、諦めもせず、まして疑いもせず、淡々とやるべきことをやってきたのだ。
どうすれば自分が成長して、いつ何をしなくてはならないか、今の自分に何が必要か、それを知り抜き、それを実行してきた。

すぐに結果が出なくても決して揺るがない。
彼は最初から分かっている。
花は春にならなければ咲かないのだ。
枝の枯葉が全部落ちた後、冬の間に土が肥え、太陽が照ってそれから花が咲くのだ。
そういう摂理を最初から知っているから、季節を読む力があるから、だから、決して焦ったりしない。

春にやること、夏にやること、秋にやること、冬にやること。
間違った季節に種を蒔いても、どんなに水をあげてみても、花は咲かない。実は結ばない。

彼は、ずっと確信を持っていたのだと思う。
自分が歩む道が絶対に間違いないと、たとえそれが妄信に終わるとしても上等と、全人生を賭ける覚悟が早熟な彼の肝には威風堂々と座っていたのだと、私はそう思う。

ゲームでしかるべきタイミングを読むように、人生でもしかるべきタイミングを読む。

人の期待に応える人は、何より自分で自分の期待に応える人だ。
自分を信じて貫ける人だ。

イチローが7年連続首位打者の偉業を成した後、メジャーに渡ったその好機。
たとえ、先人の前例がなかったとしても、彼は自ら絶妙を選び取ったのではないか。

そして、「自分のために戦う」と公言してきた彼が、ここに来て「チームとして勝ちたい」と明確な言葉にするようになったのは、そういう時機が来たということなのだろう。
綺麗事は言わない。
けれど時機と思えば絶妙のシフトチェンジをして、自分のマインドさえそこにもっていく。

一昨年の大河ドラマ「新撰組!」の中で、石坂浩二扮する佐久間象山が当時21歳の近藤勇に説いた言葉が思い出される。

「人は、いいか、生まれてから最初の十年は己のことだけ考えていればいい。
次の十年は、家族のことだけ考える。
二十歳になってからの十年は、生まれた国のことを考える。
三十になったら日本のことを考え、そして四十になったら、世界のことを考え・・・」

ろくに自分が立てないのにヒヨッこの頃から世間のことをわあわあ言っても地に足がつかない。
あるいは、いい年をして、自分にしか興味がないのは大人げがない。
人生には、フェーズが必要だ。
学校を卒業するまでは何年生という区切りがあったけれど、大人になったらそれは自分で作るしかない。
ストイックな生き方かもしれないが、毅然としていて実に格好がいい。

イチローというのは、まさに奇跡的な存在だ。

祝勝会でシャンパンを浴びながらはしゃぐイチローに、どこかぎこちなさを感じたのは私だけだろうか。
これまで孤高を保ってきた彼は、こういうのにきっと慣れていないんだなと思う。
嬉しい気持ちは間違いないだろうが、その発露のさせ方に対しては、少し無理をしているというか、何かの見真似のようである。
もしかしたら、あのはしゃぎ方さえ、「かくありたい」像の一端ではないかと思わせる。

試合直後のインタビューで無防備にうまくコメントできない彼の方が、よっぽど素直な姿に映るのだ。

もしかしたら、自宅に帰った彼は、奥さんに「あれでよかったかな?」と訊くのかもしれない。
彼は本来的に不器用な人なのだと思う。

どこかでイチローを宮本武蔵に見立てたイラストを見たことがある。
これが実にはまっていたので、それ以来、バッターボックスに立つイチローを見る度に、刀を構える侍の姿を連想する。

イチローって確かに、男の中の男、サムライみたいなのだ。
時代が忘れてきたような無骨さを、守り通す頼もしさ。

もっと肩の力を抜けばいいのに、なんて、そんなこと誰が彼に言えるだろう。
肩の力を抜かないから、そこにたどり着けるのだ。
彼なりのやり方が、全ての人に理解される必要などどこにもない。

映画「ラストサムライ」に見た侍たちの姿というのは、過去とはいえ私たちの同胞であったはずなのに、信じがたいほどストイックだった。
何にそんなに頑なになる必要があるのかと思えるのだが、それでも人生を賭せるなら、誰にも奪えない真実なのだ。

He is the man.

イチローが海の向こうで、日本人という強いプライドを賭けて戦う姿に、私たちはラスト・サムライを見る。
世界中がそこに、サムライとは何かを見るのだと思う。

ラストサムライ The Last Samurai(2003年・米)
監督:エドワード・ズウィック
出演:トム・クルーズ、渡辺謙、真田広之他

■2006/3/22投稿の記事
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