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先生、続きが読みたいです-スラムダンク-

どちらかと言えば、少女漫画より少年漫画を好んできた。
年の近い弟が二人もいるせいで、彼らが毎週買ってくる漫画雑誌を回し読みしていたからだ。

一番よく読んだのは、やはり週刊少年ジャンプだ。
小学生の頃には少年漫画の代名詞「ドラゴンボール」をはじめ、「キャプテン翼」「キン肉マン」「北斗の拳」「シティハンター」「聖闘士聖矢」といったテレビアニメ化もされたヒット作が連載されており、毎週楽しみにしていた。

週刊少年ジャンプは、1991年に600万部、1995年に新聞朝刊紙を超える650万部を発行したというから、そのメディア力はすさまじいものがある。
年齢別人口統計によると、1995年当時の全国10~19歳の男子数は820万人。
ざっと計算するに、その80%が読者ということになる。
同世代男子の人格形成に、ジャンプが果たした影響は計り知れない。

私がジャンプを欠かさず読んでいたのは中学生くらいまでで、漫画に興味がなくなったというわけではないが、さすがに高校生になると、なんとなく弟の部屋に勝手に入って、そこらへんに転がっている漫画を拾って読むということも減った。
あるいは、高校受験あたりのタイミングで、毎週のように漫画を読む習慣が途絶えてしまった、というのもあるかもしれない。
明確な理由は自分でもよく分からない。



1990年代前半のジャンプ全盛期を支えた漫画の一つに、「スラムダンク」がある。
言わずと知れた、井上雄彦によるバスケットボール漫画である。
この漫画が連載を開始したのが1990年42号ということで、時期的には私、中3の9月。
まさに、高校受験本格化の頃だ。

第一回を読んだのは憶えている。
喧嘩っぱやくて単純で、ガタイがでかくて赤い髪色の主人公、桜木花道が高校に入学し、一目惚れした女の子にノセられて、バスケットボール部に入部する。
半分不良のいで立ちで、プライドが高く負けず嫌いだが、バスケはまったくの素人。
その彼が、やがてバスケットボールそのものの魅力にはまり、そこから努力や友情の大切さを学び、天性の才能を開花させながら、バスケットマンとして、人間として成長していく物語。

大体の話は分かっているし、登場人物もなんとなく知っている。
何話分かは実際に読んだ。

しかし、週刊漫画のスピード感は月刊誌の比にならず、ちょっと読まないうちに、話はどんどん進んでしまう。
それに、スポーツ漫画というのは、かなりの回でプレーシーンを描くわけだが、これが前後のつながりのない中で読んでも、まったくもってちんぷんかんぷん。
試合の実況中継的緊張感が伝わらないわけだ。

受験生だった私は、やがて「スラムダンク」を読まなくなった。
ジャンプ自体を手に取ることが減ったのだが、たまに手に取ったときも、それを「読み飛ばす漫画」に位置づけてしまったのだ。

一方、学校には、男子女子関わらず、「スラムダンク」の熱狂的なファンがいて、熱くその面白さを語り、激しくそれを薦めてくる人もいた。
「何がそこまで面白いんだろう?」といまひとつ分からず、気になる存在のまま、私は「スラムダンク」を読まずにこれまで生きてきたのだが・・・。

ところが最近、ちょっとしたきっかけで、「U35世代男性の価値観は『スラムダンク』によって形成されている」という論を耳にして、にわかにその漫画を思い出した。
ちょっと前の深津絵里と妻夫木聡のドラマで、31歳の深津絵里が「あきらめたら、そこで試合終了」という「スラムダンク」中の名台詞を引用して、それを漫画中の台詞だとは知らなかった25歳の妻夫木聡が、深津絵里自身の言葉だと勘違いして大切にしている設定があったが、確かに、そうやって引用されて共感を得てしまうほどの力がある。

「スラムダンク」、ちょっと読んでみようかな、そう思い始めたところで、中高でバスケ部でした、しかもキャプテンという人が実家から単行本を持ってきてくれて、それを借りて読んでみることにした。
おそらくは15年くらい前の代物、紙の色も赤茶けた年季の入ったコミック本。
きっと彼は高校時代にこれを買って、これを読んで、バスケの夢を膨らませたのだろう。
ちょっとした敬意を払いながら、うやうやしくページをめくる。

なぜか1巻がないので、2巻から。
全31巻あるらしいが、全部は持って帰れないから、とりあえず紙袋に入った9巻まで。
まあ、1巻は遥か昔に読んだ記憶があるので、よしとしよう。

「あー、この回、読んだな」とか「そうそう、こういうキャラクターいたなー」とか、当初は懐かしさを強く感じながら読み進む。
それから、次第に引きこまれ、今日はもうこれで終わりにしようと思いながら、ついつい次の巻に手が伸びて、なかなか切りがつかない。
バスケットボールは体育の授業くらいでしかしたことのない私にとっても分かりやすく、純粋にスポーツ漫画として面白いし、読むほどにキャラクターへの愛着が湧く。
何か未来への期待感というか、これから近づく夏のような、若さと希望の匂いがする。

8巻途中には、深津絵里も口にした「あきらめたら、そこで試合終了」の台詞。
なるほど、こういうシチュエーションで出てきた言葉だったのか。
響きばかりが有名で、安西先生が言った言葉だということだけは知っていたが、それがいつ誰に対してのものだったのかを、ここで初めて知る。

それから。

「スラムダンク」と言えば、もうひとつ。
知らない私も知っている名台詞。
勝手にクライマックスの台詞だと思っていたのだが、それは意外なほど早い段階でやってきた。
しかも、想像もしなかったタイミングで。

「安西先生、バスケがしたいです」

胸を打ちぬかれた想いだった。

一見ストーリーの本筋とは無関係かに見える話が続いていた。
なんのためにその経緯が描かれているのか分からずに、この漫画も、連載当初はスタイルが定まらずに右往左往したクチかな、などとジャンプのヒット作にありがちなパターンを連想し、早くバスケのシーンが見たいと思いつつ読んでいる。
こんな殴り合いのシーン、オチはいったいどうやってつけるんだろう、と少々飽き始めた頃に、唐突に。

体育館の床にへたりこみ、うなだれて、泣きながら、彼は搾り出すように言う。

「安西先生、バスケがしたいです」

一気に、15歳昔に引き戻されてしまった。
純粋に、ただ純粋に、何かをしたいと思えたころ。
何かをしたいという想いが、自分の中で処理し切れなくて、暴走するほどに人を傷つけてしまうころ。

だけど、また、これから始まるんだという気持ちが、なぜか心の奥から湧き起こる。
終わったわけじゃない。
どんなに惨めになっても、終わったわけじゃない。

こんなオチ、こんなふうに急に、もうどうしたらいいのと思う場所に、人を放り出す。
そうか、だから、名作なんだ。

8巻の終わりに衝撃的なシーンを目にし、急いで9巻目を紙袋の中に探した。

・・・ない。
あったのは、9巻の代わりに、なぜか20巻。

とにかく今、「先生、続きが読みたいです」


スラムダンク(1990年~1996年・日)
作:井上雄彦

■2007/4/23投稿の記事
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