ぬこの記憶☆8-②

あの日の事

 あとからお父さんから何度も訊かれたけど、あの時のことは僕にもよくわからないんだ。
強く記憶に残っているのは、高い所からふわっと飛んで水のなかに落ちたということと、
苦しくて苦しくて、このままではいけないと思って必死にもがいたことだ。

 お父さんと会う前、雨が続いていた日、僕らはいつもお腹を空かしていて、雨が降っていても朝方にご飯を探してゴミ置き場を漁りに行っていた。
何日かに一度の割合で近所の人がガサガサ音をさせてビニール袋をゴミ置き場に捨てに来るんだ。
僕はその音がご飯の準備が出来たものとして学習した。
いや、お母さんから教わった。
暗い時をやり過ごすと、海のほうから明るくなってくるんだ。
そして、ガサガサ音が遠くで聞こえると、それがご飯を取りに行く合図なんだ。
その日は、お母さんが、まだ小さい僕たちを畑の隅にあるゴミ置き場に連れて行ってくれる。
一か所では思ったような量のご飯にはありつけないから、大きな道路を渡って、違う場所にも行かなければならない。
明るくなってすぐなら、道路を機械があまり通っていないから、お母さんに続いて渡ることは出来るけど、時々ものすごい勢いで目の前を横切る機械があって、もう、その時は本当に怖いんだ。
僕の兄も、以前、その道路を走って渡ろうとして、やってきた機械にぶつかって動かなくなってしまったとお母さんが言っていた。
僕が生まれる前の話らしいけれど、それを聞いて僕は心底恐ろしかった。

 あの朝は久しぶりに天気が良く、ガサガサ音も聞こえていたので、僕らは少しうきうきしていた。
だからなのか、いつもより駆け足でお母さんたちは道路の向こう側に行ってしまった。
僕だけがはぐれてしまったのは、その時に道路を渡ること出来なかったからだと思う。
僕の前を時々すごいスピードで機械が往き過ぎる。
僕は怖くて向こう側に渡ることが出来ずに、道路を橋のほうに走ってしまったらしい。
しばらくしたら、前のほうから機械がこっちに向かって来て、僕の前でゆっくりと止まった。
その機械は横に曲がろうとしていたから、一旦止まったらしい。
でも僕はその大きさに驚いてしまい、もうそこから動けなくなってしまった。
横に曲がって行った機械のあとからは、次々と機械がやってきた。
そして何台かが僕の真上をゆっくりと通過して行った。
その間ずっと、僕は怖くて怖くて、ひたすら小さくなっておびえていた。
次もまた僕の上を通って行くのかと思っていたら、僕の前で止まってくれた機械があった。
僕が恐る恐るその機械のほうを見ると、中から僕のほうをじっと見ている人がいた。
(続く)


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