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移住子育て

私たち親子が移住に選んだ町は、北海道の真ん中、十勝平野の下に位置する鹿追町。人口5000人に牛の数が2万頭という、自然豊かな大雪山の麓町。

1年だけの約束が、結局、4年が過ぎ、第二の故郷というくらい、私も息子たちもここでの暮らしが気に入っている。
長男が道内の高校に進学し、次男もしっかり青春を満喫している様子に
\ここを選んで本当に良かった/
と、今、心から思う。
ただ、父親と離れて暮らしたことは、息子たちにとって、さみしいと感じたこともあっただろう。
改めて、移住子育ての記録と、これからの我が家の「家族の在り方」を考えみようと思う。

ここ数年は、リモートワークを取り入れる企業も増え、「ワーケーション」という言葉で移住を支援する市町村も多いが、我々が移住を考えたのはその少し前のこと。
/事情があって環境を変えるために来ました\
という感じのお話をされる親子も多く、
はるばる本州から海を渡り、フェリーで車ごと引っ越してきた他県ナンバーの移住者組は、まさに戦友のような親戚の様な存在。

この町をどうして選んだの?とよく聞かれる…その答えは、人の温かさ。と、毎回心の底からお答えしている。

「山村留学」という制度で移住支援している市町村は、その頃も日本各地にあり、いくつかの地域を訪ね、学校にも1日体験してから、息子たちとも話して、楽しかった場所に決めた。
じゃあ、「楽しかった!」って何だろう?と考えた時、思い出すのは、そこで歓迎してくれた人との温かな交流だったと思う。
どこも田舎だから、キラキラした遊び場は何もない。
何もないけど、何もない場所だからこそ、暮らす人の存在が大きい。
こうした取り組みは、行政が積極的に動いていても、地元の人たちの不安感や、知らない者への警戒心が伝わってきてしまうと、やはり、決断には至らなかったな~と思う。

鹿追町へは、毎年数組の親子と単身で5年生~中学生の子どもたちが留学にくる。日本だけではなく、韓国からの方もいたり、第一印象は、すごくグローバルだなあ~という感じだった。東京、大阪、名古屋からの都会っ子が中心で、すました感じで出会ったとしても、地元っ子は、そんなことは気にしない。本当に慣れている。分け隔てなく、すぐに仲良くなってくれる。学校も地域も、そーゆう空気感で、すでに30年の歴史がある。

30年ともなれば、おそらく、今の子育て世代は、留学生が毎年来たり帰ったりすることに、子どもの頃から馴染みがあるのだろう。そんな両親やご家族が、違和感なく、交流してくれるから、その子どもたちも、めちゃくちゃ寛大でいてくれたのだろう。
住宅支援や子育て制度の充実はもちろんだったが、そこに暮らす人が歓迎してくれて、何かあっても、北海道の方言で
「なんも、なんも」(気にしないで。大丈夫。)と言って下さったことが、
我が家の\ここを選んで本当によかった/
という結果になったのだと思う。

人との出会いが、また次の出会いを繋いでいるこの町では、静岡にいた時より、芸能人や元総理大臣にまで会えたりする。映画を撮影したり、環境保護やスポーツの可能性を語ったり…2万円でカナダ留学できたり…
田舎にいるのに、まるで都会にいるみたいな、新しいことが色々知れる町。
町のことを自慢したくなったりもする。
不思議な魅力の町、鹿追町。

管理栄養士 tomok