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日本のコーポレートガバナンスとアクティビズム

1. 戦後日本企業のコーポレートガバナンス

 日本のコーポレートガバナンスは長らく欧米と比べても相当遅れてきた。「従業員重視」「護送船団方式」「株式の持ち合い」が戦後日本企業の特徴であり、株主軽視の経営が行われてきたといえる。機関投資家の多くも投資先企業に対して『サイレント・パートナー』(物言わぬ株主)の関係であり、「投資先企業の経営に関して不満があれば、その企業の株式を売却することで不満は解消される」といういわゆる『ウォールストリートルール』が形成され、アクティビストが参入できる余地は限られてきた。会社は法的には株主の者であるにも関わらず、安定株主が多くかつ『ウォールストリートルール』が形成された環境下では、取締役の権限は非常に強く、取締役が株主の圧力で解任されるといった事例は少なかったといえる。2022年4月4日に「プライム市場・スタンダード市場・グロース市場」の3区分に分ける東証改革でも、ほとんど意味のない改革に終わったという批判が相次ぎ、日本の株式市場は変わらないかのように思われた。しかし、この批判に対するリカバリーショットを打つかのごとく、近年、急速に政府・東証のコーポレートガバナンスに対する要請のハードルが高くなっている。PBR1倍超に向けた施策の説明、政策保有株の解消、上場子会社の意義の説明、英文開示の義務化など、これまで仕事を怠ってきた東証が上場会社に厳しい要求を求めだしてきており、この改革は株式市場に係る者として歓迎したい。
 そして、そうした東証改革を契機に、オアシスや3D、バリューアクトといったアクティビストファンドが毎日のように新聞を賑わせるほど勢いづいている。アクティビストは悪者のように言われることも多くしばしば誤解されているが、彼らは株式市場にはいなくてはならない必要悪のような存在である。

2. アクティビストの登場

 アクティビストの歴史は古く、オランダの東インド会社の大株主だったアイザック・レイマイレ(Isaac Le Maire)がアクティビストのパイオニアとされる。レイマイレは、1602年に設立されたオランダ東インド会社(VOC,Vereenigde Oostindische Compagnie)の設立時に出資した大株主の一人だったが、VOCの経営の不透明さや利益分配に関する不満を抱き、会社の改革を求め、投資家としての立場を利用して経営陣にプレッシャーをかける活動を行った。
 1950年代頃の米国では、経営陣を揺さぶり、プロキシー・ボーディングキャンペーンを行って取締役会に代表を送り込む手法を取る「プロキシティア」と呼ばれる集団が現れ、盛り上がりを見せた。こうした活動が最高潮に盛り上がったのは1988年のKKRによるRJRナビスコの買収であろう。買収完了後、RJRナビスコは分解、売却され、その強引な手法から、KKRは「野蛮人がやってきた」と非難され、書籍や映画にもなっている。この時代のアクティビズムは大量の株式を取得した後企業と大株主に対して「高値で持ち株を買い取らなければ会社を分割する」と迫る乗っ取り(いわゆる『グリーンメーリング』)が多かった。だが、1980年代頃からポイズンピルなどの買収防衛策が編み出されたことで、乗っ取り屋の時代は終わりを告げる。これ以降のアメリカのアクティビズムは、レバレッジド・バイアウトで大量の株式を保有する乗っ取りではなく、ターゲットにした企業の株式の保有を少量にすることで、数多くの企業にキャンペーンを行うヘッジファンド・アクティビズムが主流になった。少量の株式であれば、買収防衛策であるポイズンピルの発動を防ぐことが可能である。2004年にはS&P500企業の約半分がポイズンピルを採用していたのに対し、乗っ取りが減った今では数%程度である。
 1980年代以降、年金基金や生命保険、投資信託といったアクティビスト以外の機関投資家による株式保有が拡大したことも、米国におけるエンゲージメント活動を後押しした。1974年のエリサ法や、1988年のエイボンレターにより、立法府も機関投資家によるエンゲージメントを促していたといえる。機関投資家は、大量の株式を保有しており、文句があれば市場で売るというウォール・ストリートルールを適用すると株価が下落してしまうため、退出ではなく発言に注力しだす。また、2000年台に入りさらに状況は変わる。2000年代初頭には、エンロンやワールドコムの企業スキャンダルが発生し、2002年には、コーポレートガバナンスの原則を中心としたSOX法が制定され、SECも取締役の役割と責任を体系化しようと動き出す。こうした動きがアクティビストの背中を押すことになる。21世紀の米国のアクティビズム活動は、コーポレートガバナンスとは切っても切り離せない。さらに、買収の最終段階にアクティビストが介入して特別委員会を攻め立て、買い手の買収額の増額を要求するいわゆる「バンピトラージ」も21世紀の人気な手法である。
 日本はというと、1980年代から事業会社による株買い占めは行われてきたが、一般的には近代的なアクティビスト活動が始まったのは2000年の村上ファンドによる昭栄(現ヒューリック)の敵対的TOBだと言われている。このTOBは失敗に終わったものの、ここから村上ファンドの活動は本格化していく。なお、村上ファンドは村上ファンド事件で一時解散、またこの時期村上ファンドと並んで有名だったアクティビストであるスティールパートナーズはリーマンショックを契機に撤退、リシスナク英元首相が所属したザ・チルドレンズ・インベストメントもJT株を全て売却し日本市場から撤退していく。これを第一次アクティビズムブームとする。
 その後アクティビストが日本で活動しだしたのは第二次安倍政権のときであり、彼らは金融緩和での金余りや政府が推進していたコーポレーションガバナンス改革をバックにアクティビズム活動を行っていった。コーポレートガバナンスと結びついた近年のアクティビスト活動を第二次アクティビズムブームとする。2014年には安倍政権がステュワードシップ・コード、翌2015年にコーポレートガバナンスコードを導入、日本企業や機関投資家に建設的な対話を促したこともあり、海外アクティビストらの間で日本への投資意欲は徐々に高まっていった。そして、冒頭の2022年の東証改革を契機に、現在アクティビスト活動は更なる盛り上がりを見せているといえる。
 アクティビストの投資戦略はファンドによって異なるが、①キャッシュリッチ企業に株主還元を求める、②政策保有株の売却を求める、➂親子上場の解消を求める、④事業のスピンオフを求める、⑤経営者後退や社外取締役の選任を求める、⑥ROEなどを目標に掲げる株主重視経営を求める、⑦買収防衛策の廃止などに分けられる。なお、米国ではネガティブ・キャンペーンという手法も見られる。会社のショートポジションを取り、会社の不正行為や業績不振をキャンペーンして株価を下げることを目論む。他方で、こうした行為は相場操縦行為と見られることも多く、違法スレスレの手法であり、アクティビストの手法から除外したい。ここでわかるように、近年の日米のアクティビズムはエンゲージメントに近く、エンゲージメントファンドとアクティビストファンドの違いは無くなってきている。アクティビストのなかには、乗っ取り屋やネガティブキャンペーンを用いる破壊屋という悪印象を持たれたくないという理由でアクティビストと呼ばれるのを嫌いエンゲージメントファンドを自称しているところも多い。

3. PBR1倍に向けて

 2023年時点で日本の東証プライムの4割がPBR1倍割れである。2023年3月末には、東証はプライムとスタンダード市場の上場会社に対して「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応について」と題して、低PBRの企業に対して経営改革の要請を行った。アクティビストの主なターゲットはPBR1倍割れの企業であり、日本はアクティビストのターゲットの宝庫だと言える。
 そもそも日本は上場企業の数が多すぎるのである。欧米では過去20年間で上場会社の数が急速に減少してきた一方、日本だけは小粒のIPOで上場会社が増え続けてきた。

アメリカで上場企業が減る理由。日本はこれからどうなる?

 PBR1倍割れの企業は、海外の投資家にとって魅力的な企業に生まれ変わるか、投資家の期待に応えられないのであれば上場廃止も検討していくべきだろう。アクティビストは日本の株式市場の健全化に向けて、大きな役割を果たしていくものと思う。

4.ディスクロージャー・ディスカウント解消に向けたIR活動

 現在の企業は、法律や取引所規則で要求されている情報開示以上の情報を任意で開示しており、その活動をインベスター・リレーションズ(IR)という。IRを最初に始めたのは米国のGEで、1950年に担当部署を設置したのが嚆矢とされる。企業と投資家の間には情報の非対称性があるため、市場の株価は企業のファンダメンタルズに基づく理論上の価値と乖離する。そのため、情報開示に積極的な企業の方が資本コストは低くなる。投資家は不確実性を嫌うため、情報が十分に開示されない企業の株価は下がるという「ディスクロージャー・ディスカウント」も発生する。
 発行体は、ディスクロージャー・ディスカウントを解消するために、投資家の理解を深めるような資料を作成し、また投資家との面談も積極的に行うべきだろう。オアシスや3Dといったアクティビストは度々企業と面談を要求してくる傾向にあり、気に入らなければ売ればいいというウォールストリートルールに頼るのではなく、彼らを納得させるようなロジックづくりを日頃から心がけるべきだろう。


参考:
菊地正俊(2024)「低PBR株の逆襲」
菊地正俊(2020)「アクティビストの衝撃」
江川雅子(2018)「現代コーポレートガバナンス」
Owen Walker(2016)”Barbarians in the Boardroom”
弁護士法人大江橋法律事務所(2016)「株主代表訴訟とD&O保険」

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