書評:世界標準の経営理論

本の帯にもある通り、世界で標準となっている経営理論を体系的・網羅的にまとめた唯一の書。本の内容としては、一般的なビジネス書と比較して、ワンランク理論的でアカデミックなことが書いてある。本の中では30程度の理論に分け、いい意味で淡々と客観的に理論の紹介が続く。

この本の内容についていくつか考察してみたい

<アドバースセレクションとモラルハザード>
経済学の情報のやり取りに関連する理論の紹介の中で、この2つの理論が紹介されている。
アドバースセレクションは日本語で言うと「逆選択」と、訳される。情報の非対称性があるがゆえに、市場において健全な状態が保たれない状況のことだ。たとえば、保険に入る際に保険会社は保険加入者の健康状況はよくわからない。(情報を持たない)そうだとすると、保険会社としては保険加入者がすぐ病気になるかもしれないので、保険料を高く設定せざるを得ない。そうすると、基本的には健康だが万一のために保険に加入したい消費者が保険加入を見送ったうえで、健康状態が悪い人だけが保険に加入するというよろしくない状況が発生する。
 さらに、この保険の場合で言うとわかりやすいが、「モラルハザード」という「ばれないからいいや」という心情が、社会のいたるところで発生する。たとえば自動車保険に加入したドライバーが、事故を起こしてもお金をもらえるのをいいことに、注意深く運転をしなくなることだ。
 上記2つの理論は比較的古くからありそうな理論であるが、2000年ごろから脚光を浴びているそうだ。

<組織のイノベーションにおける「知の探索」について>
組織がイノベーションを起こせない理由についての理論である。筆者は、日本企業の多くが「知の探索」ができていないと指摘する。というのは、イノベーションを企業が起こすためには、今持っている知識をタテに深めていくことと、知らない分野の知識をヨコに広げていくことの双方が必要と考える。日本企業は、既存の事業を深堀するのが得意だが、後者のヨコに広げていくことができず、イノベーションのタネが生まれにくいと述べている。
一方で、CVCファンドの拡大など、知の探索をする動きは見られる。本業と関係のない特に企業に出資する場合、外部からその企業が持たない知を得られることとなり、イノベーションが起こるという理論だ。個人レベルでも「知の探索」は大事で、「本屋で目をつぶって本をつかんでその本を絶対に最後まで読む」とか「いつもと違う道で帰る」とかで、普段は得ることのない知を得ることが大事なようだ

<リーダーシップ論について>
この項目は、「今のアカデミックだとこのレベルなのか」ということを述べたい。現在アカデミック界でのリーダーシップ理論は、1980年代に提唱された「TFL理論」というものが中心的な理論となっており、ほかにもいくつか理論があるようだがそれらはあまり確立されたものではないようだ。TFL理論というのは、「明確にビジョンを掲げて自社と自組織の仕事の魅力を部下に伝え、部下を啓蒙し、新しいことを奨励し、部下の学習や成長を重視する」という理論だそうだ。正直、この理論は当たり前のことを言っているような気がする。やはり、リーダーシップという個人個人の心理がカギとなる分野については、ビジネスの場での理論家が難しいのではないだろうか。

<人脈は深く狭くか、広く浅くか>
人脈の広げ方については、深く狭くなのか、広く浅くなのかという議論がたまに見かけられる。筆者の結論としては、ありきたりではあるが両方大事ということであるのだが、以下の通りメリットデメリットがあるらしい。
 深く狭くの考え方は、「会社の中で新規事業を通すとき」や「鉄鋼業界のように業界のサイクルが早くない業界での関係や技術の深堀り」などに有用とのことだ。個人と個人または会社と会社の深いつながりは、長い時間をかけて進めていかなくてはいけないビジネスに重要である。また、意思決定がなされた後の実行フェースにおいても、こういった深いつながりは不可欠だ。
 一方で、広く浅くの良いところは、自分や自分の属する組織が持たない知を組織に入れることができることである。先に紹介した「知の探索」と関係することであるが、イノベーションを起こすに不可欠であるタネを仕込んでこれることが最大のメリットだ。交流会に参加しても残るのは名刺の山であり、役に立たないということを話す人もいるが、お互いがビジネス上のつながりを求めて参加している限り、イノベーションのタネの情報交換話されるし、困ったらコンタクトを取ってビジネスを進めていくこともできるはずだ。特に、SNSが広がっている今はなおさら、広く浅くのコミュニティをビジネスにつなげやすい

<その他・それなりに気になった理論の箇条書き>
・人は多種多様な認知バイアスを起こすもの。起こさないように気を付ける
・人は失敗を重ねれば重ねるほどリスク志向的になる。赤字が続いている事業の責任者は、過去の損を払しょくさせるために、無謀なリスクが大きい策をとりがち
・部下と上司の関係は、タテ関係に基づくものよりも、権限譲渡したほうがよい
・近年レッドクイーン理論という、競争が激しいほどその会社は生き延びやすいという理論が注目を浴びている。ライバルとの競争が激しいほうが、その会社自身の進化を怠らないので結果として市場でのプレセンスを保てる
・東南アジアの国でビジネスを行うグローバル会社は、親会社(本社)の絶対にわいろを渡すなというプレッシャーと、現地ではわいろを渡さないと話にならないという制度のはさまれている

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