己の向こう側で泣いた夜

終わりが深夜近くになるアルバイトから帰宅するといつもお風呂を後回しにしてしまうのに、その日は上着を脱いで着替えを手に取ると一目散に風呂場の扉を叩いた。最近飲み始めた漢方薬の効果が出ているのかどうなのか、気分が落ちていても心なしか体が弾んでいるような瞬間があった。一服することなく脇目もふらずに湯船に浸かると、今日のアルバイトを振り返る。いつものようなミスをして、いつものような注意を受けて、いつものような緊張感で上司や同僚と接して、次の出勤ではまた違うミスを指摘される。何でもないいつもの風景を思い浮かべると、気が済んだ俺は湯船から上がり体を洗おうとした。しかし、体は動かかなかった。

どうしてそんなことを考え出したのか分からない。一度でも死にたいと思った人間が子供をつくることが今の俺にはまだ理解できない。俺に万が一子供ができて、子供に「死ぬ」と言われたらどう返すだろうか?

「今まで本当にありがとう。あなたと過ごした時間はあなたがいなくなっても変わらず生き続けます。あなたが生きる理由を見つけられなかったこと、そしてあなたの死を否定できないこと、本当にごめんなさい。世界一の息子に恵まれて俺は世界一の幸せ者です。さようなら。」

顔は真っ赤に腫れて、震える頬を伝う涙は止まらなかった。どこに向かうでもない嗚咽が延々と風呂場に響いた。文字通り涙が止まらなかった。自分の意思が全く届かないところで泣くのは今までに記憶が無い。時間という概念を忘れてしまうほどただひたすら泣いて泣いて、自分が泣いていることしか認識できなかった。

どれくらい時が過ぎただろう。我に返るとずっと浸かっていた湯船は冷めきっていて、寒さなのか感情の昂りなのか分からない体の震えが麻酔が切れたように押し寄せてきた。俺は疲れ果てた体を伸ばすと、震えをゆっくり解きながらようやく体を洗い始めた。

24時過ぎに帰宅したのに、髪を乾かし終える頃には深夜2時をとおに回っていた。自室のある2階の奥ではもうすぐ4歳になる双子がお母さんとお父さんに挟まれてぐっすり眠っている。そしてあと数時間もすれば、その命を育む時間が始まる。


「今日はよく動けたな。ぐっすり眠れるといいな。」


結局2時間で目覚めました。


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