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日本人の病気観を語るための三つの物差し

「日本人の病気観」要約編 第一部

医療人類学=医療文化論とは、そのまま医療における人類学(比較文化論)のことであり
実践的には“統合医療”への試みであるが、
その歴史的検討(起源への批評的な眼差し)として機能しているではないかと個人的には整理している。


本書の文章を参考に医療人類学の系譜を少し整理すると
カーステアス(1977)がかつて指摘したように
近代生医学の成功に目がくらみ、伝統的社会の医療は「医学的」意味がないと見出した時代はもはや過去である(一部で根強く残っているが)
そして


”医療人類学者は世界各国における民間医療制度を紹介する役割を与えられてきた”


しかしその文脈があるがゆえに、
著者が皮肉交じりに引用するように



"人類学者はその真摯な意図に反し、巫女や魔術師のように他界へ飛んでいき、魔法を探してくるといった役割を演じるわけである(ルイス 1981)"



つまり漢方とか、非西洋医療に対するロマンティックな、東洋崇拝のイメージに合わせて理解しようとしたり
あるいはもっと真面目に自文化の医療制度の行き詰まりを解決する使命だとしても、自らに有利な点だけを抜き出そうとしてしまう。
ここはややこしいけれど、重要な点である。
つまり、そもそも文化の衝突すら起こらないなら、それは統合ではなくごった煮なのだ。

おそらく、これは
ある意味では人類の個体における成熟の限界と関係した話と思われ、いまでもこれからも常にそうなのではないかと思われる。

何れにせよ医療制度はそれを包含する文化に根強く入り込んでおり、
その一部を切り離して他の文化に移植しても、それが根本的に有効な医療となる可能性は少ないと著者は警告しており、
これが端的にこの本の姿勢を表している。


論拠をいくつか挙げているが
(*これは自文化内での近代化と伝統文化の競合関係の研究となるが)
フィリピンのセブ島平地に住むキリスト教徒の間に伝わる魔術治療師についての研究(リーバン 1977)では、近代化過程と、魔術の重要度の低下の相関を論じている。
これは当たり前のようでいて非常に含蓄のある話だと思う。


つまり海外で日本の伝統医療をやろうとすることの意義を問うことにもなるし、司馬遼太郎の作品のほとんどが英訳すらされていないのに、
フランスの片田舎の書店でも村上春樹のペーパーバックは手に入る…という逆説を説明する点でもあるかもしれない。


象徴文化論とは


ところで
“象徴文化論”だが、本書ではサーリンズをその理論的根拠としている。

(*マーシャル・サーリンズ アメリカの文化人類学者「石器時代の経済学」など。)



ちなみにサーリンズの立場は一言で言うと


”どの近代化も文化に彩られながら進行する”


ということであり、
例えば経済が客観的に人間の活動の中核をなしているのではなく、
西欧文化の象徴構造が経済を「象徴的生産の中枢」におき、それによって「経済的人間」を生み出しているとしている。
このあたりのロジックはここでは細かく触れられないが、
精神分析における自己とは何かという議論と密接につながっている非常に重要な点である。


本書ではそれに置き換え健康・病気に関した日本人の行動、慣習がいかにして日本文化の「論理・意味構造」によって秩序づけられているかの問いかけを行う。


*そのために著者は”シンボル”という言葉の使い方を注意深く使うことを提案している。

*なお象徴人類学と医療人類学については、著者のアイヌ文化の専門書で諸理論が批判的に検討されている。(Illness and healing among the sakhalin Ainu: A Symbolic Interpretation)


象徴文化論の問題意識は
人間の行動がいかに象徴や儀礼に満ちているかを強調してきたリーチや、

あるいはバルトがフランス人の日常生活の象徴的な面を鋭い知覚力を持って分析し、記号論を提唱したことにも通底している。


ひとつひとつの文化の独自性は、その特定の諸特質にあるのではなく
日本文化の特色の多くは、ひとつひとつをとれば他の文化にも見出しうるものである。

日本文化を他から際立たせているのは、こうした諸特質の独特の組み合わせと統合である。
*ウィトゲンシュタインの家族的類似性との関連
その象徴のパターンと思考の関連に関しては、本書はそれほど深められていない。

前述した通り別の本の書評の際にでも深く触れたいと思う。


とりあえず、私(大貫)の議論は学問的に妥当ですよということと、この辺が新しい部分ですよという説明である。
日本文化論=日本人の病気観について以上の補助線を確認した上で本書の内容に入る。

章ごとに主張を要点ごとに整理する。

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