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大規模アンサンブル気候予測データベースd4PDFを用いた「台風特異日」の調査

はじめに

特異日とは、日本大百科全書(ニッポニカ)によると「ある気象状態が、前後の日に比べてひときわ多く現れた実績のある日をいう」とされる。NHK の気象防災ハンドブックでは、台風については大型台風が来やすい特異日として、9月17日ごろと9月26日ごろが挙げられている。

9月17日ごろに被害をもたらした台風には

  • 枕崎台風 (1945年)

  • アイオン台風 (1948年)

  • 第2室戸台風 (1961年)

9月26日ごろに被害をもたらした台風には

  • 洞爺丸台風 (1954年)

  • 狩野川台風 (1958年)

  • 伊勢湾台風 (1959年)

がある。

ベストトラックの記録がある1951年以降のデータに対しては、上陸日についての統計をとることで「台風特異日」を調べることができる。しかしながら、より長期に亘って統計を取ったときに、台風特異日が存在するのかどうかは明らかではない。台風の上陸はこれまで多くても1年間に最大10個であり、1年間の日数(=365日)と比べて数が少ないため、上陸日の偶然の偏りを「台風特異日」として認識している可能性がある。

そこでこの研究では大規模アンサンブル気候予測データベースd4PDFを用いて、過去の海面水温分布を与えた100通りのアンサンブル実験の結果から、長期間の統計で「台風特異日」が存在するのかを調べる。

データ

現実での過去の上陸については、デジタル台風の台風上陸・通過データベース(完全版)を参照した。統計では種別が「再上陸」と「通過」を除いた「上陸」のみを扱った。ただし、台風強度(風速)が不明な1960年19号は統計から取り除いている。

d4PDFの台風を調査するために、d4PDF熱帯低気圧トラックデータをDIASから取得して使用した。このデータのうち、1951年から2010年の過去気候データを使用した。台風抽出手法として Webb et al. (2019, 以下KU) とYoshida et al. (2017, 以下MRI) の2つがあるが、比較のためその両方を用いた。

d4PDF熱帯低気圧トラックデータから上陸を判定は以下の手順で行う。気象庁のGPVの0.5625°格子の海陸マスクをもとに、陸割合が0.5以上かつ日本である格子を上陸判定に用いる(図1)。トラックデータを先頭から順に読み取り、初めて上陸した時刻を上陸時刻として扱う。

図1 北海道・本州・四国・九州のマスク

デジタル台風とd4PDFのどちらも、上陸時刻をJSTで表した日付を上陸日とした。ただし、閏年の2月29日は2月28日として扱った。解析対象期間はd4PDFにあわせて1951年から2010年の60年間とした。

結果

図2は現実での1951年から2010年までの60年間の上陸数を示したものである。9月24日は64kt以上の強い台風が5個のが上陸している。9月25日と26日はそれぞれ2個と1個上陸しており、9月24日から26日はこの60年間では強い台風の上陸数が比較的多い期間であるといえる。

また9月16日は64kt以上の強い台風が3個(うち85kt以上の非常に強い台風が2個)上陸しており、翌日は64kt以上が2個(うち85kt以上が1個)と、こちらも強い台風の上陸数が多い傾向にある。

図2 1951年から2010年までの日別の台風上陸数。色は上陸時の台風強度(風速)が何kt以上かを表す。

図3と図4はそれぞれKUとMRIの手法を用いて抽出した、d4PDFの1951年から2010年までの60年間の上陸数の100メンバのアンサンブル平均である。いずれの図からもわかる通り、9月頃に上陸数が多い傾向があるものの、前後の日よりも上陸数の多い「台風特異日」は明瞭にみられない。

図3 1951年から2010年までのKUを用いて抽出したd4PDFの日別の台風上陸数の100メンバのアンサンブル平均。色は上陸時の台風強度(風速)が何kt以上かを表す。
図4 1951年から2010年までのMRIを用いて抽出したd4PDFの日別の台風上陸数の100メンバのアンサンブル平均。色は上陸時の台風強度(風速)が何kt以上かを表す。

一方でd4PDFの個別のメンバについて見ると、現実と同様に前後の日よりも強い台風の上陸数の多い日が存在することがある。図5はメンバ22について示したものであり、9月8日は60年間で64kt以上の台風が3個(うち85kt以上が1個)上陸している。(なお、現実と比べて上陸数が少ない傾向にあるが、その一因としてモデルの解像度が60kmと粗いために、台風の構造を十分表現できていないことが考えられる)

図5 1951年から2010年までのKUを用いて抽出したd4PDFのメンバ22の日別の台風上陸数

そこで、d4PDFの各メンバについて、60年間で64kt以上の台風が3個以上上陸する日を『台風特異日』として便宜的に扱うこととし、ある日が『台風特異日』であるようなメンバ数がいくらかを数えた。図6から分かるように、9月上旬に『台風特異日』が現れやすい傾向にあるものの、『台風特異日』が特定の日に集中する様子はみられない。

図6 60年間で64kt以上の台風が3個以上存在するメンバ数

まとめ

「台風特異日」がより長期間の統計でも現れるかを明らかにするため、d4PDF熱帯低気圧トラックデータを用いて日ごとの台風上陸数を調査した。主な結果は以下の通りである。

  • d4PDFの100メンバのアンサンブル平均(のべ6000年平均)では、台風発生数の多い「台風特異日」はみられなかった。

  • d4PDFの各メンバについてみると、現実と同様に前後の日よりも多く強い台風が上陸する日が存在する。

  • d4PDFの各メンバについて60年間に3個以上上陸する日を『台風特異日』と定義すると、『台風特異日』は9月上旬に現れやすいものの、特定の日に集中する様子はみられなかった。

この結果は、60年程度の統計に現れる「台風特異日」は、台風上陸数が多い季節に偶然現れるものであることを示唆する。言い換えると、統計する期間によって「台風特異日」が変わる可能性があり、平均する期間が十分長くなると「台風特異日」が現れなくなると考えられる。

したがって、「台風特異日」が「何日か」についてこだわることは気象学的にあまり大きな意味を持たず、大きな被害をもたらす台風が上陸しやすい「期間」として捉えるのが望ましいだろう。

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