拾壱週目 白龍 “異”

愛とは、痛みである。愛とは、勇気である。愛とは、生である。愛とは、命である。


望美を異世界に連れてきた少年は、白龍の神子に選んだ全き龍(=応龍)の片割れ、白龍そのものであった。白龍に連れて来られた世界は黒龍の消滅並びに怨霊の跋扈に伴い、陰陽の均衡が乱されて世界が危機に瀕していたため、その世界の均衡を取り戻す、つまり白龍の力を取り戻すために選ばれた存在、それが望美が選ばれた白龍の神子であった。平家との戦争の中で、白龍自身の真の力を取り戻すために玄武、朱雀、白虎、青龍の力を手に入れることを求められるが、人のそばに近づきすぎたこと、白龍自身の力が弱体化していることを四神に指摘され、己の無力さを儚む白龍。しかし望美、そして八葉の言葉に奮起し、神子を、そしてこの世界を自分の力で守ることを改めて誓う。しかし強すぎた力故に、白龍の力を使うことで望美に異変が起こる。純粋な神の力である白龍の力は、純粋な人間である望美には強すぎたのだ。強すぎる力のあまり、その後、源氏将軍である源頼朝、その妻である北条政子が白龍に対し、白龍の神子の座を北条政子に明け渡すよう告げる。白龍は、北条政子らから『これ以上望美を白龍の神子として戦えば戦うほど、望美は傷ついてしまう』ということを聞かされ、白龍は思い悩む。しかし、これ以上神子を”傷つけない”という誓いを胸に頼朝からの願いをはねつけ、改めて己の神子として望美を指名する。しかし、白龍に惹かれていくにつれ、望美は人間ではない白龍に惹かれていくことへの不安や心配を、強く感じていくのであった。
始めに、私は異種婚姻譚が大好きです。好きになった相手が人間ではなく、同じ時を歩めず同じ感覚を味わえない。寿命が違えば、ふと居眠りをしている間に好きになった人間は10年以上の時を待たせてしまうかもしれない。感覚が違えば、おいしいと思って渡した食べ物は、相手にとって毒かもしれない。生まれ落ちたときを隔てただけの人間であれば、感覚は共有できましょう。しかし、相手が人間で無ければ、同じ種族でなければ、同じ時を生きることさえ艱難辛苦となりうるのです。しかし、いやだからこそ、お互いがお互いを知り合い、絆を深め合い、当人にしか理解しえない愛の形を積み重ねていくことが、異種婚姻譚の切なさと美しさであると私は思っています。そういう意味では、白龍に惹かれていき、されど人間と神という立ち位置に苦悩する望美ちゃんの気持ちは、とても美しく、九郎√とはまた違った愛情深い少女だと感じることができました。そして、ずっと無邪気に望美ちゃんに愛をささやき続けた白龍が、己の目的のために力を手にしたばかりに、一番守りたかった望美を苦しめてしまうという苦しさも見ていてつらかったです。しかし、それでも、”何でもできる神様”だからこそ、わがままを貫き、これ以上望美が決して苦しまないよう、改めて望みを白龍の神子として選ぶ。この白龍の覚悟が、神子を一人の存在として愛した証明なのだと思います。
まず、白龍という存在について語らせてください。白龍という存在は遙かなる時空の中でシリーズの世界観の根幹にかかる存在であり、主人公が白龍の神子(一部黒龍の神子が主役もあるらしい)であることを考えれば、かなり攻めた設定であると思います(当然のことですがどうやら他のナンバリングにおいては白龍が攻略対象キャラとして選ばれることはないとのことで、まあ確かにここまで大恋愛の大立ち回りをした後に他の女の子に愛を語らっていたと知れば、下級生2の某たまきちゃんよろしく物理的割れディスクで永久返品不可避でしょう)。しかし、そんな根幹に関わる壮大な存在な割には、私たちの前に出てきた白龍は大谷育江ボイスのかわいらしくも愛らしく、それでいてちょっと電波チックな小動物的な存在。そして神子への感情が高ぶることでDXドラゴンドライバーに五行の力をセットして変身した姿、CV置鮎龍太郎さんの大人白龍は、無垢で純粋な性格はそのままに、しなやかながら強かな体になり、己の気で傷を癒し、四神と心を通わせ戦力を増強するという物語屈指のお助けキャラとなります。大人白龍の声と姿で子供白龍のように甘えたり一緒に寝ようとしたりする姿には苦笑いでした(嘘です怒りに満ちてました)が、それでも望美へ素直に愛を語り続ける姿には安心感すら得られました。しかし後述しますが、この白龍の無限増な愛は、共通√と白龍√では全く違った様相を見せます。
ここからは私の妄想の話になりますが、何故白龍は神子というだけで望美に愛を伝えるのでしょうか。これは決して白龍の神子だから好き、というわけではないと思います。もし白龍の神子という理由だけで好きであれば、己の力を使いこなせない望美より、強い霊力(=神通力?)を持つ北条政子を拒絶する理由はないはずです(単純な好みもあるのでしょうが)。しかし、最初からクライマックスに望美ちゃんに愛の言葉をマシンガンしまくる白龍を見ていると、最初に選ばれた神子=私が選んだ神子という、言い方は悪いかもしれませんが慈しむべき我が子のような愛情だったのだと思います。自分が生み出したプラモデルにかっこいいポーズをさせて飾ったり、自分が描いたオリキャラをみんなに見てもらいたい、そんな“愛玩”的な愛情。故に他のキャラクターと結ばれたとしても譲ほど嫉妬を表すことなく、神子の幸せが貴女の幸せ、と言えるのでしょう。しかし、慈しむべき神子はいつしか守りたい存在に変わり(おそらくタイミングとしては四神の説得後でしょう)、神子としてではなく、一人の存在として、望美という存在を愛するようになります。しかし、望美が人の身ながら神に恋をしたことと同じように、白龍もまた、神としての超越的な存在でありながら限りある命である人間に執着してしまうことに引け目を感じています。その部分につけこまれ、北条政子に「望美を傷つけながら白龍の神子を続けさせるなんて白龍、お前は応龍の片割れ失格や。せやけど安心せえ、俺がちゃんと白龍の神子を受け継いだる」と言われたのでしょう。まだ望美への愛が慈愛であれば、そこで罠だと分かっていても受け継いだでしょうが、もう愛になっている白龍にとっては、望美が白龍の神子であることそのものに意味があるのだと感じることができます。
最後に、白龍が心(=望美を愛し、思い出を積み重ねた人の部分)と力(=世界を救い、人を守る使命を帯びた神の部分)に己を分け、心の部分が望美のそばに戻ったことについて、紙だからこそできる荒業だと感じました。二つの姿があり、道が二つあることについて、白龍が取れる最善の方法と言えばその方法を取るだろうな、と納得の所業に思わず膝を打ってしまいました。今回はミニリュウこと子供白龍√でしたが、次回はカイリューこと、大人白龍のスチルも楽しみにしてみようと思います。


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