玖週目 有川将臣 “義”

何を成すべきかは、いつだって自分の胸の中にあり、誰にも変えることはできない。

望美と共に異世界に飛ばされたはずだった有川将臣。しかし彼は時空の流れではぐれてしまい、夢の中でしか会えなかった。それでも彼との再会を信じていた望美は、旅を続けた先でとうとう将臣と再会する。しかし彼は、望美たちが飛ばされる2年前から、ずっとこの世界で生きてきたという。望美との再開後。八葉であることは受け入れ、他の八葉とも絆を築くも、どこか協調性に欠ける彼。独自の目的があり、それを優先させようとする将臣だったが、詳細を聞いてもはぐらかされる。そんな中、彼の正体を知ってしまう望美。将臣は望美とは異なり、平家に拾われており、拾われた恩義として平家軍のために戦い続けた結果「還内府」と呼ばれる戦士として、何度も源氏と刃を交えていたのだった。源氏に拾われ助けてもらったことで、源氏の仲間たちを守るために戦ってきた望美と同じく、身寄りのない己を救い、居場所になってくれた平家を裏切れない将臣。どちらも何も間違っていないのに、戦う理由だけが積み重なっていく。もう後戻りができない中、将臣と望美は戦いの中でお互いのことを知っていくのだった。
まず、僕はこのシナリオをやっている間は望美ちゃんより将臣の方に感情移入をしてしまいました。むしろ、望美ちゃんの選択肢にある「源氏に来てほしい」ということにどうしても賛同できなかったのです。望美ちゃんのことは全肯定して望美ちゃんをずっと甘やかしてあげたいと常々思っている僕ですが、この選択肢だけは選べませんでした。だって、望美ちゃんが将臣から「平家に来いよ」と言われて首を縦に振れるでしょうか?おそらく振れないでしょうし、そんな無責任な望美ちゃんを見たいかと言われると正直見たくありません。頼れる味方が一切おらず、誰にも頼れず、どこにも居場所がない景時√が「俺と一緒に逃げてよ」と哀願するのとは理由が違うのです。将臣は前述のとおり、望美ちゃんが異世界に飛ばされる2年前に飛ばされています。ミキシンボイスの頼れるお兄ちゃんポジなことに忘れがちですが当時将臣は18歳未満の高校生。建前上お酒も飲めません。それに舞台は源平合戦直前の戦争の香りがほのかにする時世。なろう系小説であれば無双系チートスキルか万能ステータスが付与されているかもしれませんが、彼に与えられた宿命は最近亡くなった時の権力者とそっくりなビジュアルだけ。八葉であることはおろか、八葉という存在さえ知らなかったでしょう。皆さんが18歳のころってそんな胆力ありましたか?少なくとも僕はその場で泣き崩れるか、大人しく死を待つしかできないと思います。そんな力も身寄りも先立つものもない彼を救ってくれたのは他の誰でもない平家でした。自分の命だけでなく衣食住を担保され、それに報いることで立場や居場所さえもらった。そんな第二の故郷とも呼べる家族を捨てることはできないでしょう。特に彼はそうでなくとも義理堅く忠義に厚い好漢です。例え父代わりだった人が怨霊を生み出して世を混沌に堕とそうとしていても、例え自分が遺物であると受け入れてもらえなくても、自分が感じた恩義には報いる、そんな義理堅い男なんです。そして、そんな忠義に厚い男は何とかして平家の役に立とうとします。そして実際に成果を上げたことで彼は平重盛の生まれ変わりとして「還内府」の名を拝命します。彼は呼びたい奴には好きに呼ばせている、と言っていましたが、頭の良い彼なら、その還内府という称号が、還内府という名を頂く自分の存在が、どれだけ平家の人たちにとって大きく、心の支えになっているのかわかるはずです。だから、好きに呼ばせている、というポーズであることも含めて、折れない、曲げない、崩れない、平家の柱としての還内府の役目を全うすることを選んだのです。責任感と忠義。それが彼の2年間を表す柱。だから共に飛ばされたはずの幼馴染や弟に会えなくても、泰然自若とした姿で生き長らえ、夢の中で望美に笑顔で出会うことができ、出会わなくても平家の一員として使命を全うする。僕はそんな誇り高い将臣が、好きになったのです。
度々配信内で言っていますが、作品内で言われている「白龍の神子」と「源氏の神子」という言葉。作中ではあえて織り交ぜて使っているようですがこれは同義ではありません。白龍の神子とは白龍に選ばれた神子であり、怨霊を浄化し、世界をあるべき姿に戻すことを宿命づけられた存在。一方源氏の神子とは源氏として平家操る怨霊を浄化し、源氏を勝利に導く戦乙女という存在です。身もふたもない言い方をすれば政治利用されるための言葉にすぎません。そして望美は白龍の神子であることは受け入れましたが決して源氏の神子になることを受け入れたわけではないはずです。源氏で死ぬ人もいれば平家で死ぬ人もいる。源氏が必ず正義ではないし、平家が必ず悪ではありません。敦盛は自分の出自故に苦しんで人の幸せを願っているし、頼朝は必ずしも源氏軍の無事を祈っているわけではありません。しかし、望美も将臣も、愛した人がいて、信じる者があって、それ故に今の己の立場から離れられないからこそ、争い、苦しむことになりました。しかし、そんな二人は刃を交えることはあれど、最終的に、源氏も平家もなく、ただ人々の安寧のために悪役令嬢北条政子こと荼枳尼天に挑み、勝利を勝ち取りました。この時、源氏や平家の戦の結末はともかく、この二人は勝負に勝ったと言えるでしょう。頼朝も将門も成しえなかった、天に二将を抱かせたのです。
最後に、ずっと孤独に戦ってきた将臣の最後が、争いのない平和な南国で過ごす、という結末なのは本当に良かったな、と思います。決して戦いたかったわけでも勝ちたかったわけでもない。ただ自分の守りたい人の幸せを望んでいた将臣は、自分含めて、幸せを手にしたのでした。ハイビスカスが咲いていたのでおそらく琉球(沖縄)あたりかと思いますが、船がもし空いていたら、ちょっと北に戻って九州で美味しいものでも食べてほしいなと思います。もう戦わなくていいんだよ、と、伝えたいから。

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