参週目;梶原景時 “嘘”

嘘をつくためには、信じてもらわないと、それは嘘にすらならない。

景時さんは丼さんがこの人良いな、と思ったのがきっかけでした。確かに常に余裕があり、かっこよく、飄々としている性格。我々がなりたかったクールで穏やかな大人。それが景時さんの第一印象でした。しかし、それは個別ルートに入ることで粉々に打ち砕かれました。いい意味でも、悪い意味でも。
個別ルートに入った我々が見たのは常に余裕があって何でもできる、井上和彦ボイスに違わない、かっこいい大人な景時兄さんなんかではありませんでした。強力な権力に押さえつけられ、しがらみに囚われ、護るべきものにすら縛られ、助けを求めることも、すべてを捨てて逃げることさえできない、反旗を翻すことなどもってのほか。そんな弱い男、景時でした。時折彼が「俺に出来ることなんて何もない」など言っていた本来の意味は決して謙遜などではなく、本当に自分の無力さに泣き言をいうことすら許されない、そんな悲しい男の自嘲でした。そして彼は自分自身だけでなく、九郎をはじめとした八葉の面々にも嘘をつくことになります。勝てる戦でも先延ばしにしたり、あえて負けようとしたり。挙句の果てには逃げるために望まぬ一騎打ちをして殺されようとする真似までします。その理由は、彼の本当の主人である似非織田信長こと源頼朝、そしてその奥方であり本作の悪役令嬢、北条政子の陰謀によるもので、実質的な人質である母や妹(朔)の命の確保のため。憐れな管理職は悪魔の命令には決して逆らえないのでした。物語時、時折絶妙に隠されながらも語られてましたね。景時の本当の主人は頼朝であると。
景時の√のバッドエンドには2種類あるのですが、二つとも逃げることを選びます。それは望美がいるかいないかの差でしかないのですが、どちらも安寧の地はありません。誰も味方がいない世界をたった一人(二人)で、誰からも守られず、いつ終わるとも知れない孤独な旅に生きるだけ。今まで守りたいもののために生きてきた男が誰からも守られずに行き恥をさらす。武士に憧れ、なれなかった者の末路としてはあまりにも皮肉です。因みにその選択肢に行く前に、「俺と逃げてくれ」と哀願します。これは頼りがいのあるかっこいいお兄さんからは真逆の、あまりにも憐れな男の姿で、僕はこのシーンが好きであると同時にあまりにも労しい姿だと感じました。
さて、そんな景時さんですが、望美ちゃんが信じてくれることで発起し、頼朝を出し抜くことを選びます。それが最後のエピソードですね。詳細は冗長になるのでは割愛しますが、望美を殺すふりをして匿い、そして後から彼女の持つ白龍の逆鱗を使って交渉の切り札とする、頭脳を武器にした男が最後に行う、一世一代の大勝負。景時はこの最後の展開で3つの嘘をつきます。1つ目は白龍の神子である望美を殺すこと。2つ目は望美を殺して手に入れた白龍の逆鱗、そして先の戦争で手に入れた黒龍の逆鱗が景時の手の中にあること。最後の3つ目はその2つの逆鱗を頼朝の前で暴発させ、自分含めて相討ちすること。この嘘は、騙したい特定の誰かが景時を信じることで成立します。
1つ目の嘘は、撃たれる対象である望美ちゃんが「景時さんは弾を外して(=殺さないように)撃ってくれる」と信じること、そしてそれを確認しようとした政子は「景時は我々を裏切らない」と信じること。
2つ目の嘘は頼朝が「景時はちゃんと白龍の神子を殺し、自身(=頼朝)を恐れて逆鱗を献上する意思がある」と信じること、御家人が「景時は白龍の神子を殺して、なおかつ平家を退けて黒龍の逆鱗も手に入れられるほどの力がある」と信じること。
3つ目は頼朝が「景時は己を恐れて、朔や母、家族を守るために従ってくれる」と同時に「景時に何かあっても、政子(荼枳尼天)が何とかしてくれる」と信じること。
上記の3つの嘘が成立するためには、これだけの信頼がいるのです。しかしこの信用は、今までの物語を紐解いていくと、景時さんの今までの行動によって培われた信用であるものだということがわかります。望美の信頼は言わずもがなですが、御家人は今までの景時の強さ、政子と頼朝は今までの弱さによって、景時の手のひらで動くことになってしまいました。これはざまあみろ、今まで弱いと思っていた奴に足をすくわれたな、というのと同時に、今までの景時さんの生き方は間違っていなかったんだ、景時さんが迷いながらも今の生き方をしてくれたおかげで、掴むことができた未来だと感じています。だからこそ、あえて言うのであれば、景時を信じてくれたから、景時は嘘をつくことができたと言えます。
最後に、景時という男は、社会人となってそれなりに地位のある男性にこそ刺さる男だと思います。弱く頼りない、でもそれを見せないように飄々とする。成すべきことをするためにかっこ悪い男を演じることができる。ダサい結果を生まないために、どこまでもダサくなれる。そんな強い男だからこそ、景時さんへの憧れを、僕らは感じずにはいられないのでしょう。

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