陸週目 リズヴァーン “叶”

小さい頃に助けてくれたお姉さんに、やっとありがとうが言えた男の子の物語。


九郎の剣の師だという、神出鬼没で鬼と呼ばれた謎多き青年リズヴァーン。彼もまた望美を守る八葉であった。彼はまさに人知を超えた力で望美を陰に日向に守り続けるが、決して彼自身のことを答えることはない。そんなリズヴァーンに好意と興味を寄せる望美は、リズヴァーンのことをもっと知ろうとするが、リズヴァーンは己のことを語りたがらないばかりか、強くなった望美の前から姿を消そうとする。リズヴァーンのことを追い続ける望美だったが空しく、何も語らないままリズヴァーンは形見の腕輪を遺して戦死してしまう。望美は時空を超えてリズヴァーンの真意を問いただそうとするが、形見の腕輪に導かれ望美は怨霊に襲われて焼け崩された隠れ里に迷い込む。怨霊に襲われそうな少年を見つけ、護ろうとする望美だったがその直後、少年は白龍の逆鱗を持ったまま時を超えてしまう。……そして現れるリズヴァーン。そう、白龍の逆鱗をもって時を超えた少年は幼い日のリズヴァーンだったのだ。
おそらく全キャラクターのシナリオの中で、一番好きな物語かもしれません。遙かなる時空の中で、という時間を駆け巡って未来を変えるというシステムを逆手に取った物語だと言えましょう。リズ先生ことリズヴァーンは、幼い頃に自分を助けてくれた少女である望美の死の運命を変えるため、ただそれだけのために知恵や力を蓄え、何度も時を超え、文字通り望美を守れるだけの力を身に着けることができました。自分のためだけでも、今まで育ててくれた里を救うためでも、世界のためでもない。たった一人の、憧れのお姉さんを救うために、リズヴァーンという男の子が剣を持って立ち向かう、そんな少年の冒険譚が、リズヴァーンの√だと思っています。乙女ゲーム(ネオロマンスゲーム)、というゲーム群は基本的には女性の視点で物語が進むため、男性キャラはよくわからない存在として語られることが多いです(ギャルゲーの攻略対象であるふしぎ系女の子や、何かにつけてすぐ怒る暴力ツンデレ系女子と近いものがありますね)。そのため望美はずっとリズ先生のことを頼れるカッコいいお兄さん的な存在だと憧れを抱き続けます。しかしそれは望美ちゃんの視点。リズヴァーンからしてみたら、望美は幼い頃に自分を守ってくれた憧れのお姉ちゃん。いつか自分がお姉ちゃんを守るんだ。それだけを胸に、延べ何百年とも知れない時を超え、護れなかった望美の亡骸を一人も忘れず、ただあの時の思い出を胸に生きてきたのでしょう。故にこそ、僕の目にはリズ先生が、憧れのお姉さんのそばにくっついて歩く、男の子に見えてしまいます。
さて、タイムパラドックスを題材にした作品は数多くありますが、どの作品においても、時空を超えることで成しえる奇跡と成しえない奇跡があります。ドラえもんのセワシ君がわかりやすいのですが、のび太がジャイ子と結婚しようがしずかちゃんと結婚しようがのび太の孫にはセワシ君が生まれるし孫の代は小遣いは少ないしドラえもんを派遣しようとする。これはタイムパラドックスではなく、決して変わらない時間のターニングポイント。仮面ライダー電王で言うところの特異点(過去を改変しようが改変前の記憶は残るし存在が消えたり変化したりすることはない存在のこと)です。ここではリズヴァーン先生の里が焼き討ちにあって滅びることが当たります。おそらく何度か試したのでしょう。しかし、何度時空を超えても里を救えなかった。怨霊をすべて倒したと思っても火矢によって里は燃える。事前に防衛線を張っていても地震か何かで崩れる。人々に危機を語っても心配しすぎだと相手にされない。おそらくそんな無力感を何度も経験したのでしょう。だから「変わる時空があるように、変わらない時空もあるのだ」と独り言つしかできない。タイムトラベリングは必ずしも良い結果をもたらすわけではないのです。……というのはおそらく、望美ちゃんが一番わかっていることなのでしょうね。
末筆になりましたが、乙女ゲームのシナリオとしてではなく、一人の少年、リズヴァーンの冒険譚として楽しませていただきました。譲君が恋に気づけたとしたら、リズ先生は愛を全うした、と言っても良いでしょう。すべてが終わったわけではないのでしょうが、少なくともこの時空におけるリズ先生は、争いや使命、後悔や絶望とは無縁の世界で幸せに過ごしてほしいものです。

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