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桃源郷

先週末、日本一と名高い花桃との逢瀬を果たすべく、長野県の阿智村まで弾丸遠足に出かけてきた。

阿智村までは、車でおよそ4時間程度。土曜の夜更けに自宅を出発し、途中高速のPAで休憩や仮眠を取りつつ、早朝に現地入りするというスケジュール。

コロナの野郎がやって来る前から、時々こういう弾丸遠足には出かけてきた。人混みが苦手なのと、へっぽこカメラマンには朝早い時間帯の光がつおい味方になってくれるからだ。名所だから混むのはわかってるけどなるたけ人混みは避けたい&残念な撮影スキルを自然の恵みでカバーしたい、そんなわがまま願望むき出しの旅程だけれど、今となってはそこに「比較的安心&安全」という項目が加わってしまった。こんな世の中になろうとはねえ。


飯田山本ICを降りると、南信州の山並みが新緑の装いで出迎えてくれる。まばゆいのに目に痛くない、絶妙すぎるベビーグリーンのグラデーションにため息をつきながら山道を抜けてゆくと


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突如として現れる桃の花・花・花!

「ぐほおおお」と変な声がリアルで出てしまう事案。くねくねしたカーブをいくつか曲がった先で、本当に、いきなり視界ががらっと変わったんで大層びっくりしました。迎撃システムかよっつう。今後お出かけなさる方はくれぐれもハンドル操作に注意してください。


「1回料金払えばその後何度車を出し入れしても追加課金ナシ」という駐車場に車を停めて、さっそく散策に出かける。まだ朝の早い時間帯で、人の姿もまばらだった。密回避作戦、滑り出し好調であります。


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白、薄桃色、紅色。新緑の緑。次第に晴れ間を見せ始めた空の青。

ため息しか出てこないってばよこんなの……。


色彩情報量がすごすぎて、脳の処理速度が追い付かない。それが桃源郷という場所です。


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一本の木になんでこんな色とりどり咲いてるの?花桃、気前良すぎるんじゃなくて?

清楚さと可憐さと艶やかさとをいつも感じさせてくるとか篠原涼子なの?


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里の中央を流れる川に堰堤があったので、ふと思いついて狙ってみたお素麵写真。朝早くだとまだ日の光が弱いので、フィルターなしでもそれっぽく見える。うれしい。


ひとしきり里の中心部を夢中になって歩き回ったのち、高台から里を見下ろせるスポットにも足を運んでみた。


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「ふごぉぉおおおおおううンンん!!!!!!」

口をついて出るのはもはや雄叫びに近い。でも、目の前のうつくしい光景がそんな雄叫びを桃色吐息に変換してゆく。日本一と銘打たれた場所にはそういう力がある。


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美事すぎて、まるでよく出来た箱庭のよう。


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でも箱庭ではない。だってついさっきまで、自分はこのうつくしいグラデーションの世界の中に居たのだから。

本当に、月並みな表現で恥ずかしいけれど、夢のようにうつくしい景色だと思った。そして唐突に、子供の頃から繰り返し見てきたあの映画を思い出した。


巨匠・黒澤明監督の『夢』。この第2話にあたる『桃畑』に登場する、幼い頃から憧れ続け、心に焼き付けた風景。それが目の前の景色と重なる(実際のロケ地は山梨だそうですが)。そして、この映画が大好きだった亡父のことも。

父をここに連れてきてあげたら、きっと同じように心の中に焼き付けた風景を重ねただろう。そう思ったらもうダメで、展望スポットからちょっと後ずさりして鼻水を拭いた。マスクの予備持ってきておいてよかったわァ……(ヂーンンン!)


ちょっと話が逸れますが、この『夢』を始めてみた時はあまりの恐ろしさに精神が恐慌状態に陥りました(当時まだ小学生だった気がする)。鑑賞後は連日狐のお面に追いかけられたり雪女に追いかけられたり鬼に追いかけられたり犬に追いかけられたり放射能に追いかけられたり、とにかく連日なにがしかの恐怖モチーフに追いかけられる悪夢にうなされたものです。そして恐怖におののきつつも、週末になると「お父さん、あの夢の映画見せて」と父に頼んで、日曜の朝っぱらから「イヤアアアアコワイイイイイ」と大騒ぎしながら繰り返し何度も見ていました。子供の時分からすでにドMとしての才覚を発揮し始めていたというのもありますが、やはりこの映画のたぐいまれなうつくしい風景描写に、子供ながらにも深く強く魅了されてしまったんでしょうな。狐の嫁入りとか桃畑とか水車のある村とか、本当に何度見てもため息が出るもの。大人になった今でも大好きな映画のひとつです。未だに鑑賞後はなにがしかから逃げ回る悪夢にうなされますが。


ちょっとめそめそしながらも、高台からの景色を存分に堪能して、再び里の方に下った。先ほどと比べるとずいぶん人出が増えてきたので、そろそろ移動のタイミングだと判断し、駐車場に戻ることにする。


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少し強めの風が出てきて、花桃の海原を鯉たちが誇らしげに泳いでいた。鯉たちの間を花吹雪がすり抜けてゆく様も、なんともうつくしい。


花はただそこで、自然に生きるものの営みの一環として咲いているだけだ。それでも心の中で深く一礼せざるを得ない。こんなにもうつくしく咲いてくれて、ありがとう。そしてこの花たちを丹精込めてお世話し、花の盛りに遠方からの来訪者を招き入れてくだすっている地元の方々、本当に本当にありがとうございます。


また逢いに来るね、と花桃たちに別れを告げ、阿智村で採れたという山菜を購入し、次の目的地である「ヘブンスそのはら」へと向かう。


冬の間はスキー場になるこちらのスポットで、この時期は高山植物を楽しめると聞き、立ち寄ってみることにした。


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ちょうど見ごろの時期である水芭蕉が出迎えてくれた。お天気続きのせいか、群生スポットの水気が少なくて心配になりましたが……。


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場内に3株だけあるという黄色い水芭蕉。見た者に幸運を呼び寄せてくれる花、らしいです。しかしこちらもやはり水が少なく、3株しかないのに元気に咲いていたのはこの1株だけだった。大丈夫かいな……。

私は桃源郷で充分幸せ気分を味わってきたので、私に構わず自身のために、どうか雨雲を呼んでもらいたい。


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水芭蕉なんてめったに見る機会はないけれど、こうして逢えるといつも「天ぷらにしたらおいしそうだな」と思う。この黄色い花びらなんて、塩振って食べたら絶対おいしいやつだと思う。


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カタクリの花はちょうど盛りの時期らしく、たくさん咲いていた。


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貴婦人みがすごい。


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木の根元でおしゃべりに興じる三人娘。


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小指サイズくらいのかわいらしいたけのこにも出逢えた。


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なんか素揚げにしたらおいしそうな花がある!と思ったらきのこだった。うまいこと撮れなかったけれど、なんともうつくしい群青色をしていました。


やはりこの時期の阿智村は花桃に人気が集中するのか、ヘブンスそのはらは大変空いていて、ゆっくりと小さき花たちを楽しむことができた。さっきまでの華やかな景色もいいけれど、高山にひそやかに咲く可憐な佇まいもまた、よきよき。


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場内にあるレストハウスもガラガラだったので、お昼ごはんに天ぷら蕎麦をいただいた。主役であろう海老はもちろん、たけのこ、まいたけ、こしあぶらという山の幸もめちゃくちゃおいしかった。特にこしあぶらの爽やかなほろ苦さったらもう……

さすがの蕎麦処信州、お蕎麦もきりりと端正な味わいで素晴らしかった。早朝から歩き倒した身体に染み渡りました。お酒が呑めたら最高だったなぁ。

今度はぜひ宿を取って、お酒と温泉も堪能しながら春の饗宴に身を委ねてみたいものだ。


というわけで久しぶりの弾丸遠足、密をすり抜けながら楽しむことができました。茨城のネモフィラか、栃木の大藤か、それとも長野の花桃か……と出発直前まで心は千々に乱れまくったけれど、終わってみれば長野に決めて大正解だったなあ。(他の所に行っても同じことを言いそうですが)

つたない写真ばかりですが、南信州の春の魅力を少しでも感じていただけたなら、恐悦至極。


ところで今回お邪魔した阿智村は、昨年の11月、自分が記念すべき初ソロキャンプをした場所でもあります。花桃のみならず、「日本一の星空」も有名です。


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星の撮り方なんぞさっぱり分かってない、初心なネンネにもこういう写真を撮らせてくれたのがすごい。流れ星も気前よくバンバン流れていました。

いつか必ずまたお邪魔したいです。

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