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平民金子展「ごろごろ、神戸。」もうひとつの世界 に寄せて(2019年4月1日発行のフライヤーより転載)


 今から約十数年前、まだSNSもなかったころ。当時のインターネット界隈はウェブ日記が全盛であり、なかでも「はてなダイアリー」は最も多くのユーザーを有したサービスだった。そこでは「平民新聞」という日記を知らない者はいなかった。
 作者の名前は平民金子(へいみん・かねこ)。日記に掲載される地に足のついた低い低い視点の写真と、「毎晩夜通しおきていて、なんにもしてやしない」ような人々と微かな光を分かち合うような、そんな文章を大量に執筆していた。
 
 携帯電話のメモリに、架空の友達の名前と架空の電話番号を入れ、それを何百件か登録していた男。

 大量に作ったカレーをただひとりで11日間食べ続ける様子を黙々と記録していた男。

 かつて水商売時代に一夜をともにした七十代のおばあさんに、届くともわからない言葉をただ綴る男。
 
 その男は、いつの間にか結婚し、子供を授かり、しかも神戸に住んでいた。
 なんということだ。幸せな家族を持ち、神戸のようなお洒落な町に住む平民金子が、以前のような痺れる文章を書けるはずがない。お前は孤独と焦燥に絡め取られた俺たちの仲間だったんじゃないのか。といったファンの声をよそに、平民金子は神戸市広報課のホームページで「ごろごろ、神戸」という、写真とエッセイの連載をはじめる。これは神戸への移住促進のための行政の企画でもあるのだが、連載記事はほぼハーバーランドと須磨海浜水族園と東山商店街と稲荷市場しか出てこないような、非常に偏った神戸案内であり育児日記である。にも関わらず、神戸というまちで暮らす魅力を、今までになかった形で届けている。実際に、「ごろごろ、神戸」の記事を読んではじめて、「中畑商店」のホルモンや「稲田」の串カツを食べに行ったという人を何人も知っている。ちなみに、「ごろごろ」というのはベビーカーを押す音のことだが、連載が続くうちに子供はすっかり自らの足で自由に歩き、走り回るようになった。
 また、2018年には連載をまとめたタブロイド版も発行されている。スポーツ新聞風の体裁ながら、細部にニヤリとさせるデザインが施されたこのタブロイドは、神戸市内の僅か2箇所でしか販売しておらず通販もないため、関西圏外のファンの間ではレア商品として知られている。

 ところで、平民金子というペンネーム(?)は、詩人・金子光晴の名前と、幸徳秋水や堺利彦らが結成した平民社/平民新聞から取られている(と、思われる。たぶん)。彼らに共通するアナキズムというキーワードは、平民金子の文章からも漂うものである。それは、ささやかな日々の暮らしやそれを取り巻く社会に向けた優しく厳しい目線のことだ。
 「ごろごろ、神戸」というエッセイにはそんな彼の視点が随所に刻まれている。また「ごろごろ、神戸」には、連載を続ける中で、既にもう消え去ってしまった場所も数多く記されている。それは、なくなってしまうものこそ記しておかなければいけないという矜持なのかもしれない。

 ひたすら何かを記録していると、後になってから気がつくようなことが多々ある。文章もそうだが、特に、写真を撮る、という行為には意図せずこのような効果が紛れ込んでくる。彼はなんでもない食卓の写真を大量に撮っているのだが、改めて見るとそこにあるのは日々の暮らしそのものであるとわかる。その確かな生活の証の前では、その場凌ぎの「インスタ映え」料理写真たちはガラガラと音を立てて崩れ落ちていく。
 そう、平民金子は優れた書き手であると同時に、優れた写真家でもある。しかし写真を撮るようになったのは比較的遅い。二十代の終わりごろに運送屋のバイトの先輩に買ってもらった古いフィルムカメラで写真をはじめ、ウェブ日記の読者にもらったポイントでコンデジを買い、写真を頻繁にアップするようになった。その後、ウェブ上の写真を見た出版社から依頼があり、2008年には、『鉄のバイエル』(松澤健・ダイヤモンド社)という書籍で撮影を担当している。平民金子は、文章よりも先に写真家として商業デビューしているのだ。ただ、正式な写真展といったものは今回が初の開催となる。

 さて、この展覧会は、平民金子が神戸に移り住んでから撮影してきた膨大な写真を、可能な限り展示するものである。モノクロを中心に、安価なコピー用紙とリソグラフ印刷から滲み出る風景は、神戸というまちの一部であり、彼の日々の生活の記録だ。
 そして、この展覧会のために作成される(予定。現時点では本当にできるのか不明)ZINEは、「ごろごろ、神戸」の各回に呼応するB面と呼ぶべき文章と写真で構成される。これは、行政のホームページでは掲載できなかったNGワードとR指定写真満載の内容となる……かもしれない。なお便宜上「B面」と書いたが、それは単純に裏表やパラレルワールドといった概念で言い表せるものではない。
 これもまた神戸の姿であり、どの町にもない、またどの町にもきっとあるはずの風景だ。
 
 
 平成が終わり、はてなダイアリーが終わり、ミナイチが解体され、「ごろごろ、神戸」の連載も終わる。これまで各地を転々としてきた平民金子が、このままずっと神戸に住むのかどうかはわからない。しかし、どこにいても彼は変わらずどこかの商店街を歩き、酒を呑み、台所で鍋を振り、子供の成長を見守りながら、なくなってゆく何かや、なくなってしまった何かを、あの写真と文章で掬い取っているのだろう。


初出「平民金子展」フライヤー (2019年4月1日)

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