日付小説 5/31「古材の日、世界禁煙デー」
こんにちは。ハチミツです。何カ月ぶりではありますが今回から○○の日を使って、小説を書こうと思います。バスターユニオン更新の件については後々報告するのでお待ちください。
2024/05/31
古材の日、世界禁煙デー
〇プロローグ
世の中を生きていれば部下が話を聞かないストレスがある。
それを一級建築士として働いてふと思った。
社会に出始めの頃、下積みを経験した俺は『自分が一番顧客のニーズに役に立っている』と考えて、自分は優秀であるという気持ちで溢れており、それに加えて周りからの評価と業績すらも上昇していた。
そんな俺は社会人として自分が一番だと鼻が高くなっていた。
しかし何年か経って部下を持つようになると、部下に話を聞いてもらえず、おまけに同期は更なる成長をして仕事にやりがいを持ち始めていた。
これにより俺の建築士としての評価は、『優秀だが上司としては役に立たない』となってしまった。
「今日はもっと部下との距離も縮めよう」
だからこそ教育論の本を読み、やる気に燃えて意義込む。
だが実際は何も成長していない俺は、全ては部下のせいだと上司の責任を放棄し、苛立ちを他の同期に擦り付けたのだ。
すると建築の仕事も続くことなく入社してから何年かで辞職し、自分の好きな古民家の修繕をする企業を立ち上げて、優秀で自分の話を聞いてくれそうな部下のみを採用したのだ。
けれども結果には仕事すらも部下は社長である俺の話を聞いてくれず、おまけに顧客すら集まらない負債のある企業となった。そして、企業として赤字経営になったのだ。
〇アラサーの俺が少女と出会う
俺はある一人の女性から仕事の依頼を受けた。農村にポツンとある古民家の修繕の依頼を貰ったのだ。
「ここか……」
Eメールで届いた住所を確認して、誰も住居しないように見える古民家のドアをノックする。
「すいません。古民家の修繕に参りました」
はっきりと大声で呼びかけた俺は、顧客にドア越しで呼びかける。
すると元気良い明るめの声が家屋から聞こえてきた。
「はーい‼いま行きまーす‼」
俺はその声の人物が女子大学生だと何となく分かった。
しかしドアが開いた瞬間、アイドルのような可愛い容姿である大学生が目の前にいた。
その姿に彼女もいないアラサーの社会人である俺は緊張してしまう。
「あっ、どうも……」
「糸組さんですよね?どうぞお入りください」
「はっ、はい。お邪魔します」
俺を礼儀正しい大人な対応で出迎えた彼女。両親や子供が住んでいるのかと確認する。
どうやら一人のようだ。
「すいません。部屋を掃除してないので、少し散らかっていますが…」
「いっ…いえ、平気です」
部屋の掃除を忘れたと申し訳なさそうな表情でこちらを見る。
ただ、部屋が汚いようには見えない。むしろ綺麗すぎるぐらいだ。
「どうぞ座ってください。何か飲み物を出しましょうか?」
「おっ、お茶とかありますか?」
「分かりました。では少しお持ちください」
彼女は台所の戸棚からコップを取り出すと、麦茶を取り出してコップに注ぐ。
「お待たせました。お茶です」
「あ……ありがとうございます」
彼女は俺のすぐ傍まで寄って、ポニーテールの綺麗な黒髪を揺らし、柑橘系の香水を漂わせる。
(近っ⁉惑わせるなよ‼)
アラサーで陰キャの俺は、何かの衝動をかき立たせそうで怖くなった。
まぁ、もちろん冗談であるし、性的な犯罪もしない。そんな感情はとうの昔に捨てている。俺はそう意気込みを見せると、気持ちを切り替えて名刺を渡す準備をした。
「私の名は糸組雅(いとくみ みやび)です」
「はい、私は古屋花子(こや はなこ)と言います」
古屋花子。とてもいい響きのする名前だな。
そんな名前を心の中で話しつつ、俺は今回の本題に移ることにした。
「それで今回はどの辺りを修繕するのでしょうか?」
「ええっと……最近シロアリのせいで家を支える柱が脆くなっているんです」
彼女は言葉を絞り出し、険しい様子で修繕をしてほしい箇所を伝える。
(なるほど、シロアリが巣を作って古民家の柱を食っている……と)
確かにこんな古民家ならいつ崩れてもおかしくない。これは賢明な判断だろう。
俺は彼女の要件に対してそうですかと答えて、さらに質問を続ける。
「いつからそれが起きたのですか?」
「……それは分からないですが、昨日床を踏んだ時に気づいたんです」
「それは具体的にいつですか?」
「部屋の掃除していた時にです」
彼女は事細かくシロアリを見つけた時の話を説明した。
話をまとめると部屋の掃除中にギシギシと音がしたので、近所の人に確認したところシロアリのせいだと分かった。そういう事らしい。
「業者さん。これってシロアリのせいですかね?」
「……恐らく五分五分ですね。ただ、柱を解体すれば分かると思います」
床下の柱の根元が年月の経過で腐った。それもあり得るので何とも言えない。
古民家は明治時代から存在する建物なのだ。昔ながらの家というのは今の時代では重要文化財の一つである。
「それでシロアリの修繕の料金ですが、私の会社でしたら修繕費が安価なのでシロアリ退治に1平方メートル700円ほどかかります」
「700円ですか?」
「はい、そして建物の柱を取り換えるので1柱当たり10,000円かかります」
「値引きとかは……」
「すいません。ウチではそういった料金の値引きは行っていませんで……」
「……分かりました。検討します」
彼女はそう発言すると、コップを片付けて少しだけ待つようにお願いしてきた。そして全ての説明を終わらせた俺は、彼女との交渉を一旦持ち切りにする。
しかし、少し気まずいのですぐに帰ったのはまた別の話である。
○2
翌日、俺は彼女の家にお邪魔する。
どうやらシロアリ退治を決断したらしく、両親にも承諾を貰ったのこと。
俺はすぐに車を出して目的地である彼女の家に向かうと、一時間ほどで彼女の住む古民家に到着した。
「すいませーん。○○企業の者でーす」
「はーい。いま行きまーす」
俺は彼女の声を聞いてドアの前で待つ。
すると、膝が見える短いスカートを着た長髪の美少女が現れた。
「すいません。バタバタしたもので……」
そこにいたのは以前会った大学生の古屋花子であった。
俺は思わずスカートに目を奪われるが、自重して素面で返事をする。
「いえ、お構いなく……」
しかし彼女のスカートがヒラヒラ動いて目のやり場に困ってしまう。
これでは自分が変態だと思われても致しかないだろう。
「ささっ、入ってください」
「えっ、ええ。どっ……どうも」
それでも俺の視線に気づかない彼女は、普段通りの様子で目的の場所まで案内する。
「今日は暑いので水が欲しい時は言ってください」
「あっ、分かりました」
なるほど、スカートが短いのは暑いのが理由だったのか。
俺は手をポンと叩いて、頭から離れない謎が解決して納得いった。
「糸組さん?」
「っ‼なっ、何でしょう?」
「大丈夫ですか?休憩をしたいなら言ってください」
「いっ…いえ、お構いなく。少し考え事をしていたもので」
けれどもどうやら考えすぎて、俺は年下の学生に心配されてしまう。
危うく大人として恥ずかしい性癖を明かしてしまう所であった。
「では、よろしくお願いします」
「はい、了解しました」
○3
「あー疲れた。ほんと夏が嫌いになりそうだよ」
俺は仕事が半分終わって、たばこを吸って休憩を取る事にした。
別に嫌いとかではないが、野外で仕事をするなら夏は天敵なのである。
ただそれよりも、この古民家に住む家族が俺をもてなすのが気になる。
「お茶と菓子です。脱水症状にならないよう水分取ってください」
「あ、ありがとうございます」
「ほら、花子。子供の世話をしなさい」
「分かっているって、ほら外で遊ぶよ」
「はーい、お姉ちゃん」
なんだろう。なんかほっこりする。
久しぶりに田舎の夏を間近で見た俺は何となくそう感じた。
「すいません、騒がしいもので」
「いいえ、むしろ羨ましいですよ」
俺には家族が歳をとった父と母しかいない。
身内も殆どが独立して、実質一人で仕事ばかりしている。
そんな毎日を過ごしてつまらないと思う日々。
それに加えて、結婚も人生もまったく上手くいかない。
まったく彩のない人生はつまらないのは当然の話である。
「それで……さっきから花子のこと見てましたよね?」
「えっ……え?私がですか?」
「はい、あのスカート短いですよね」
なんという親だ。娘の格好を男の俺に言ってきた。
少し規格外すぎてどんな対応をすればいいのか困ってしまう。
「べ……別にいいと思います。人はそれぞれありますし」
「えー、そうですか?私は男を誘惑しているから嫌なんですけど」
しかしモラルのない古屋母は話を広げて娘の生い立ちを話し始める。
これには俺も勘弁してほしいと我慢しながらも過ぎってしまった。
(面倒なコトになった。俺がちゃんとしていれば……)
このまま永遠に話が終わらないのか。そんな頃合で古屋母の後ろから少女が現れる。
そう、本題の張本人である。
「なんで私の恥ずかしい過去を赤の他人に話しているのよ‼」
「イタッ⁉母親を殴るとはいい度胸ね‼」
「アンタの方が度胸あるよ‼」
母親のボケに彼女は叱るように突っ込みを入れる。
『子供が大人で大人が子供』といった構成なのか?
随分と面白い家族関係に思わず笑ってしまう。
「ははっ、お二人とも仲が良いんですね」
「そうですか?まぁ子供たちの相手も母の相手も楽しいですけど」
「そうなの?じゃあ恋人を作ったら……」
「それは余計なお世話よ‼」
彼女は「さぁ帰って」と自分の母に告げ、まるで漫才のようなやり取りを終わらせる。
「すいません。あと母親の話は忘れてください」
「ハハッ‼ええ、聞かなかったことにします」
彼女の要望にもちろんと答えた俺。
ただ少し恥ずかし気な彼女を見て可愛いと思ってしまった。
(いいな。俺も家族がいたら楽しいのだろうか?)
家族を欲しいと思った事はあっても恋人すら作ったことがない。
常に一人で戦ってきた俺にそんな欲求が生まれたことがなかった。
そんな考えが浮かんでいた時、彼女は俺に一つの質問をかける。
「糸組さん。あなたってストレスがあるんですか?」
「ストレスですか?」
「はい、たばこを何本も吸っているから気になって」
それは考えたこともなかった。煙草を吸ったキッカケは若い頃にタバコを吸うのがカッコいいと思ったから。
だから煙草だけで自分にストレスがあると見抜くなんて予想外であった。
しかし世間的からすれば、確かにストレス解消のために何本も吸っていると考えるのも間違いない。
「そうですねぇ、家族もいない人生だから見えないストレスでもあるんですかね……」
俺は改めて自分の人生を振り返って、彼女の質問にそう答える。
ただ一つ思うところがあった。
「そういえば前職の部下が話を聞かずに無視したから、仕事を辞めた事はありましたね」
「そうなんですか?やっぱり社会人って大変ですね」
「いえいえ、こんなのどこ行っても日常茶飯事ですよ」
俺はアドバイスするように自分の過去の話を話し始める。
そして彼女に「けれども」と続けるようにこう語った。
「いま考えると、仕事を辞めなければもっと違った気がするなぁとか思う時もありますね。それに部下に愛想尽きて辞職したなんて誰にも言えないですし」
俺は恥ずかしい限りだと顔を赤くして彼女と会話をして、改めて自分が駄目な短所がある事に気がつく。そして一言。
「花子さん。ストレスは何処にでもありますから、俺のようにならないでください」
自分を反面教師にして彼女にアドバイスを教えた俺。しかし彼女はこう答える。
「それは違います。家族でなくともストレスは解放するものです。時にはストレスを解放するのも大切だと私は思います」
彼女は反面教師ではなく教壇に立った俺の先生側になった。
「解放するもの…?」
「そうです。恋人を作らないなら友達に解放すればいい。そうすれば友達との交友関係は深まるし、友人も増えますよ」
そう話した彼女は「だから今は私たちに愚痴を吐いて仕事の楽しいものにしてください」と逆にアドバイスされてしまう。
けれどもその言葉で何かの蟠りが解放された感覚になった。
「もっと自分を出せば禁煙もできますよ。煙草は体に悪影響ですし」
それはそうだ。俺は間違っていたのかもしれない。
彼女も子供もいない俺に足りないのは自分を出すコト。
それこそが俺が求めた人生をより良くする設計図。
ついに見つけたかもしれないと俺は彼女の言葉で体が軽くなった気がした。
「……ありがとう師匠、改めて人生を振り返って見るよ」
「フフ、師匠なんて言わないで……なんか恥ずかしいです」
彼女の笑いに俺も笑う。こんなに気持ちが晴れたのは初めてである。
俺は彼女に対して頭を下げて、自分の仕事を遂行した。
そしてようやく修繕作業終わり、俺はお礼として料理を振舞ってもらうと玄関まで移動してお礼を言った。
「今日はありがとうございます。娘さんにも色々教えてもらったこと感謝します」
「いいえ、こんなだらしのない大学生ですいません」
「お母さん余計な一言は要らないよ」
「ハハッ、別に気にしていません」
家族を作ることがこんなにも楽しい。そう気づかされたことに感謝しかないのだ。
「それでは失礼します」
「はい、気を付けて帰ってください」
「いいえ、お邪魔いたしました」
俺は古屋家族に別れの挨拶を告げると車に乗って気分良く帰っていく。
そしてその後には、自分の人生に足りないモノを探すためにやりたいことを探すのだった。