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「悪い子バビー」をみたよ

とにかく思ったことを書くだけなので鬼ネタバレのめちゃくちゃ文章ですな









思ったよりしっかりR18だった。近親相姦・動物虐待なんでもござれ。
バビーが神の名の下(という母親の虐待)に30年以上部屋に閉じ込められ、神を殺し、神を賛美する歌を聴き人間に触れて、人間と共存し、神を否定し、人間(神)になっていく映画だと感じた。以下詳しく

神の監視・庇護・否定 そして人間との共存

常に神に見下ろされ、監視されている生活をしていたバビーが、両親を殺して外に出て監視から解放される。
次に聖歌隊に出会って初めてやさしい人間と触れ合う。バンドの兄ちゃん達も優しくしてくれたけど危なっかしいことをしまくるバビーを常に優しく見守るようなことは出来ないので金持ちに預け世話をされるが、本能のままに動きバビーは逮捕される。(庇護の限界)
刑期を終え、猫とホームレスとして生活をしていると偶然入ったバーに人気になってきたバンドの兄ちゃん達が演奏をしておりバンドのメンバーとして誘われ徐々に人との共存の仕方を獲得していく。
大きなイエスが見下ろす教会で出会った金持ちの老人に「神なんか見てないし、常に独り。神がいなくなってから人間の真価がわかる」ようなことを言われ(そらあんたが工場の主で金持ってるからそんなこと言えるんだぞ)、バビーは自分の名を捨て「パパ」になる。
障害者たちと出会い同じ視点で真摯に接しながら居場所を見つけ、恋人の最悪な両親を殺し、教会の前でセックスをし、神(親)から完全に解放される。
次に神の話題が出る時にはバビーは高い台に登り完全に神の絵を見下ろしていて、神ではなく人の前で殺人を懺悔をした。
バンドはバビーのおかげでカルト的に大人気になり、2人の子供がいる笑顔の絶えない幸せな家庭を持ち映画が終わる。
神を否定しながら、バビーは2つの意味で「パパ」(教皇の敬称)になり、物語を終焉させた。
エンジェルもいい家庭環境ではなさそうだったが輪廻から脱却を願うばかり。

バビーの感情表現は静かなのに対し、音楽がある場所で人生が変わっていく対比が良い。バイノーラルサウンド録音という手法をとっているらしい。
爆音で痺れた。

猫ちゃん

たびたびバビーの状況の比喩表現として猫が出てくるのだが猫が聖書に出てくることは1箇所のみで

「その体や頭の上を、こうもりやつばめ、小鳥が飛び交い、猫までやって来ます。」

旧約聖書・外典のエレミヤの手紙 1章21節

完全に神の眼中になさそうな生き物なのも良い。今なら世界中から大苦情くるくらい猫が酷い目に遭いすぎて見てられないけども…。

おもったこと

人が欲するのは偉大な神よりも「集まる場所」と「音楽(娯楽)」
音楽は困窮した人にとって最後まである娯楽だと感じた。
コロニアディグニダ内で集団生活をしていた少女の「楽器を演奏することが唯一の楽しみ」と、拷問・監禁されていた女性の「気が狂わないように1日中歌っていた」というインタビューの言葉がよぎった。


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