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独ソ戦から、経済の需給バランスを外部に依存する危険性を考えてみる。

独ソ戦は、第二次大戦のナチスドイツとソ連の戦いを戦いの発端から終局までを包括的に描いた、2020年新書大賞を受賞した名作です。
本の中では両国の内実から戦略レベルの優劣、戦術的な作戦の推移まで網羅しているが、その中で「第三章、絶滅戦争」に注目してみます。
何故なら、これこそドイツ国民がこの戦争を支持した理由であり、経済とは需要と供給のバランスだという、現代の経済の基本にも通じると考えたからです。

世界観戦争

本著では、バルバロッサ作戦の失敗により、ヒトラーやドイツ国防軍が抱いていた短期決戦構想は挫折し、独ソ戦は「世界観戦争」と「収奪戦争」の様相が濃くなっていったと論じています。

アンドレアス・ヒルグルーバーは「プログラム論」により、ヒトラーは思想的目的のための第一段階としてヨーロッパ大陸においてソ連を制服し「東方植民地帝国」を建設、ナチズムのイデオロギーに基づく欧州の人種的再編成を行おうとしていたと唱えました。

そのヒトラーの思想=世界観を達成するための戦争が「世界観戦争」となります。しかし、これだけではナチズム体制を完全に説明することができません。

収奪戦争

ドイツ帝国の崩壊を経験したヒトラーとドイツ首脳部は、国民に負担を強いたことにより革命を誘発したとの反省から、国民生活に犠牲を強いることをさけるようになりました。

しかし、戦争を遂行をするのであれば、人的・物的な供給力を軍備関連に傾けなければなりません。「大砲かバター」かと言われる命題ですが、ヒトラーが選択したのは、国民生活に犠牲を強いることなく戦争を遂行する方法でした。いわば「大砲もバターも」です。

この、世界観戦争と収奪戦争の関係について、著者はこう述べています。

やや折衷的な説明が許されるならば、ナチス・ドイツは、独裁者ヒトラーの「プログラム」とナチズムの理念のもと、主導的に戦争に向かうと同時に、内政面からも、資源や労働力の収奪を目的とする帝国主義的侵略を行わざるを得ない状況に追い詰められていたのだといえよう。 

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つまり、ナチスドイツはヒトラーの理念のもとに世界観戦争を行いながら、占領力労働力や資源を収奪する収奪戦争により国民の高い生活レベルを維持していました。

当然、ヒトラーの世界観から敵、特にソ連からの収奪は正当化され積極化されるのですから、世界観戦争と収奪戦争は密接に関係していることになります。

経済とは需要と供給のバランス

ここからわかることは、国家経済とは需要と供給のバランスで成り立っているということです。ナチスドイツは戦争遂行にあたる需給バランスの傾きを、供給能力を外部に見出すことによって解決しようとしました。

これは、いわば第二次大戦期の日本やそれ以前の帝国主義的経済と同じ者でしょう。つまり、国家は貨幣ではなくその需給バランスを維持することにより成り立っていると言えます。

しかし、帝国主義的収奪により国家経済を維持しようと図ったナチスは最終的に崩壊しています。現代の日本でもウクライナ戦争などに関連した資材価格の高騰・円安の問題があり、コロナ化では訪日外国人の激減という問題がありました。

やはり需給バランスの調整を海外に依存するという体制は、設計段階で非常に無理があると言えるでしょう。


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