見出し画像

三人だけの時間。

「Uちゃん、行こか」
縮れ毛の飼育員が声を掛けた。
「ん・・・」
「もう・・・おらへんのですね」
グッと詰まった声だけが出た。
そして、鼻水をすする音。
2人は、それぞれ顔を見せなかった。
泣き顔を見られたくなった。

空っぽになった部屋。
最期に敷かれてたマットもなくなり、
掃除も済んで、ここに本当にあの子がいたんかと
思うぐらい何もなくなった。

エイプリルフールや。
現実見てるのに、そう思いたいって滑稽やな。
でもな、明日来たら、おるねん。
おはようさんって呼んだら、こっち来て「ごはん、まだ?」
って圧かけて。

「ずっと、こんな時間が続く思てたんや」
「ぼくもです」

「もうイヤよ!お薬も!検査もイヤ!!」
タンタンは今までになく、暴れて吠えた。
「嫌いなお薬も、検査も我慢してきたわ!
でも、治らないじゃない!どうして?!もうイヤ!!
全部やめて!!」
「爽爽・・・!」
一生懸命がんばってきたのに、悪くなる一方で何もしてやれなくて、ごめんやでとかも言えなくて。
しばらく暴れてたタンタンが、檻の向こうで背を向けていた。
「わがまま言って、ごめんなさい・・・」というように。

公開しなくなって、3人だけの時間が増えた。
ゆったりとして、お客さんの目も、何も気にしなくていい時間。
パンダ舎の上の庭を数日掛けて耕し、種をまき、出てくる花の芽に、心がわくわくした。
肥料に糞を使ったりして、大きくなったひまわりは見事な花を咲かせた。
櫓にいるあの子に見せたくて。

「ひまわり、見えたかな」
2人が話しているそばで、タンタンが言う。
「見えたわよ、ありがとう」
「来年も植えよか」
「その種をみんなに分けて、広げたい!」
「ええな!」

今は、菜の花が咲いている。
「菜の花の種が欲しいって、お客さんから言われました」
「そうやな、菜の花も分けよか」

タイヤに乗って、笹持って、逝ってしもたあの子。
でも、あの子が帰ってきたら、またあの時間は始まるんです。


3人だけの時間。
どんな時間よりも濃くて、穏やかだったと思います。
タンタンのためだけに。
タンタンがすごしやすいように。
大変な努力や、気遣いがあっても、それすらうれしかったのではと。
今でも、どこかで思ってらっしゃるのでは。
「明日来たら、おるねん」と。


















この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?