題名とかはない

気の重さ。ずっと深い底の方、川の流れも届かないくらいの超絶下のほうにある。ここ最近ずっとそう。水面は、いつもではないけれど、時にきらきらしたり楽しそうに波打ったりして跳ねる日もあり、それ以外の日は穏やかに流れているけれど、もう底の方は砂塵さえも動かないっす。重い、重い、ひとなんかみんなわかんない、わたしのこともよくわかんない、わたしをわかってると思ってるのかあほなのかからだが欲しいのか、まだ私のそばにいたくて、連絡をしてくるひともいて、だけどわたしは1ミリも心が動かない、動きたいこころは抑えられて、泥の中に沈む。いつからなのか、よくわからない。
昨年11月、嫌なことがあったけど、そこからなのか。わからない。いつも大丈夫だったのに昨年の冬はぜんぜんだめだった。死ぬかと思った、というと大袈裟だけど呪いが高じていてもたってもいられなくて、ばかばかしいけど10年ぶりに小説みたいなものを書き上げるという愚行にいたってしまった。眠らないでかいてしまった。せっかくなのですばるに送って少し気が済んだ。むかし、30代初めの頃、子供が小さかったときも、気が狂いそうになって書いた。群像で三次まで通っていた。もうひとつ書いたらすばるで二次までいってた。その送ったものはどうなってもいまはもうよくて、多分一次くらいは通過する気がするけれどそんなこともまったく意味なんかなくて、そんなことより戻って、しこたまめんどくさい計算をして、本日も関税を免税するなどのことを、わたしはもっとがんばってください、祈っています。


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