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1996年5月13日(月)《BN》

【新迷宮:黒髪てへトリオ部隊】
「はあ、はあ、はあ、はあ」
 罠解除士の短剣の能力を解放し、光に包まれている富田 剛の荒い息の音が静かな迷宮内に広がった。ここは新迷宮。本日も黒髪てへトリオ部隊は地下5階を訪れている。地下5階に初めて訪れた時に広巡 聡から1から10の部屋があると聞いていたが、本日ついに10の部屋の扉を開き中に入ったのである。そこに待っていたのは予想通り広巡であった。広巡は何も語らず、戦闘が開始される。てへトリオ部隊の戦士3人の攻撃、僧侶の佐々木 雅美、魔術師の本田 仁の攻撃魔法を無防備に喰らいまくっているが、広巡は軽い笑顔を浮かべたままで、まったくダメージを喰らっている様子はない。しばらく戦闘を続けていたが流石に妙に感じ、前田 法重は一旦戦闘を中断させ、広巡から距離を取った。
「ダメージを与えてない?」
「いや、魔法もレジストしている様子はないですし、ダメージ自体は通っているはずです」
 疑問に思ったことを前田が口にし、それに本田が意見を述べる。攻撃に参加していない富田以外のメンバーは確実に広巡にダメージを与えている感覚はある。だが、目の前に立ちはだかってる広巡はダメージを喰らっている様子もなく、ただあやしく微笑んでいるのだ。
「今のままでは僕は倒せないですよ」
 軽くため息をついた後で広巡は言葉を述べる。もちろんそれは感覚的に感じてはいることだったので、納得をしつつ前田は質問する。
「なぜダメージが通らない」
「通ってないわけじゃ無いですよ」
 相変わらず笑顔を浮かべたままで広巡は答える。ダメージが通っている、ということは今までの攻撃のダメージが広巡にとってあまりにも微々たるものということであろうか。こちらとしては全力で攻撃したので、あれが微々たるダメージしか与えられないのであれば、倒す方法は見つからない。
「回復してるのですよ」
 また広巡が口を開く。回復している、とはどういうことなのであろうか。
「先程から剣での攻撃や攻撃魔法など、1つ1つは非常に大きなダメージを私に与えてます。でも、ダメージを受けた瞬間に全回復するんですよ。それが亜獣である私に与えられた特殊能力です」
「倒せんじゃん」
 自分の能力を説明した広巡の言を聞いて、原田 公司が絶望の言葉を漏らす。この能力が本当なのであれば、倒すことは不可能であることと同義になってしまうのだ。だが、本当に倒す方法はないのであろうか。広巡の様子を見ているとそうでは無いように感じる。倒せる方法が何かあるはずだ。そう考えていると、富田が大きなため息をついた後、広巡に向かい口を開く。
「ダメージは与えられる。だけどそのダメージは瞬時に全回復される。ってことで間違いない?」
「間違いないです」
 自分を倒す方法に気づいたらしい質問に対して、広巡は少し嬉しそうに返事を返す。それを聞いた富田は再度大きなため息をついた後で、部隊のメンバーに対して話を始める。
「広巡を倒せる唯一の方法がわかりました。それはクリティカルです」
 クリティカル。それは忍者という職業が持つ特殊スキルで有り、1撃で相手を絶命させることができるという能力である。これを使えば広巡を倒すことが出来るはずだ。だが。
「富田、忍者になるってこと?」
「それはそれでやばい気が」
 話を聞いた原田が少し動揺しながら言葉を発し、同じく本田も感想を述べる。忍者とは罠解除士の上位職種で有り、罠解除士の短剣の特殊能力を解放することによってクラスチェンジできる職業である。だが、冒険者の歴史の中で今まで3人が罠解除士から忍者にクラスチェンジをしたが、その3人は生きて地上には戻れなかったのである。それもあり、忍者へのクラスチェンジは冒険者組織の禁止事項にも記載されているのだ。
「でも、まあ、それしか無いでしょう」
 諦めたような表情を浮かべて富田がこのように口にする。それを聞いて、他の選択肢が浮かばないことは確かで有り、この選択肢1択状態になっているのも全員が理解しているのだ。
「ではどうなるかわからないので、覚悟をお願いします。本田くん。何かあったらよろしく」
 こう言って富田は罠解除士の短剣を両手で握り、集中を始める。すると罠解除士の短剣から光が溢れ始め、その光は富田の周りを包み込んだ。光の中の様子は外からはわからないが、その中から富田の荒い息と、苦しむような嗚咽の音が聞こえてくる。その状況はどれくらいの時間だったのであろうか。次第に光が薄れていき、その中から富田の姿が浮かびある。苦しそうに頭を抱えて座っている富田であるが、見た目は特に変わったところは無いようだ。
「富田、大丈夫か」
 静かに原田が呼びかけるが、固まったように富田は動かない。全員が心配しながら見つめていると、ゆっくりと顔を上げて、何やら周りを見渡しているようだ。
「大丈夫では無いです」
 苦しそうな声で富田はこのよう言葉を漏らす。どこがどう大丈夫じゃ無いかは周りのメンバーにはわかるはずがない。
「でも全て理解しました。広巡を倒します」
 こう口にした富田は立ち上がり、目を細めて周りを見渡す。そして広巡がいる方向を見つめ、歩き出した。
「待たせたな」
 かけてもいないサングラスを外すポーズをとりながら富田は広巡に声をかける。それを見て広巡は思わず笑ってしまっているようだ。
「やりましょう。これで俺も」
 広巡がこう口にした時にはすでに富田は広巡の目の前に移動し、右手は広巡の腹部を貫いていた。
「ぐは!」
 クリティカルとは対象を一撃で葬ることができる場所を認識し、その場所は手刀によって貫通することができるらしい。広巡は体を貫通している富田の右手の感触を感じつつ、その場所が回復していないということも認識していた。すなわち、これで自分は消滅することになることを悟ったのである。
「見事です。富田さん」
 こう話しながら広巡は何か幸せそうな表情を浮かべ、そして貫かれた腹部から少しずつ体が消滅していく。
「帰ってきて良かった。強い子に会えて。富田さん。ありがとうございました。また会う日まで」
 この言葉を言い終えた後、広巡の体は完全に消滅した。広巡が消滅したことを感じた富田は後を振り返り、部隊の場所へと戻る。そして仲間たちに告げる。
「すいません。死ぬほど体力を奪われてます。詳しい話は戻ってからお願いします」
 非常に苦しそうな表情を浮かべ、なんとか絞り出すように発した言葉を聞いて、前田が本田に指示を出して瞬間移動の魔法を使う。そして迷宮入り口まで移動し、迷宮から外に出た。
「富田、大丈夫か。中尾、救急車手配して」
「わかりました」
「あ、待ってください」
 迷宮から一歩出て、富田を病院に運ばないといけないと判断した原田の指示に中尾 智史が即座に反応したが、それを先程まで非常に苦しそうだった富田が何くわぬ顔で静止する。
「もう大丈夫です。全然平気です」
 先程まで死ぬほど苦しそうだったのが嘘のようにいつもの富田に戻っている。これは一体どういうことなのだろうか。
「原田さん、ちょっといいですか」
 こう言って富田は原田に耳打ちし、一緒に迷宮の中に入っていき、すぐに戻ってきた。
「迷宮内だとダメみたいです。おそらく忍者になったからだと思いますが、中の空間に体が耐えられないです」
 本日の探索の状況と富田のこの言葉で、今まで完全に謎であった忍者という職業の特性がある程度理解できるようになった。だが、今後富田が迷宮に入ることが出来なくなったのも確かなようであり、今日は一旦探索を終え、次回からどうするかを検討することにした。

【冒険者組織1階掲示板】
◆下記のものを採用者とする
 第14期冒険者合格者一覧
《戦士》
青島 由貴枝
雨宮 英利香
大岩 依世 
北田 涼一
倉本 憲伸
前野 諭子
杉谷 勝之
高倉 蘭馬
田嶋 実苗
塚越 実紗
野元 新 
花岡 嶺
堀尾 輝雄
松石 雅文
宮沢 園枝

《僧侶》
生駒 桂介
小形 文博
関川 広行
野本 侑花
深田 久仁恵

《罠解除士》
赤澤 智鶴
金谷 達矢
佐古 亜優
築山 正憲
藤沼 映見

《魔術師》
鬼塚 茉莉花 
左村 亜香里
西脇 有哉
溝部 佳孝
吉江 海咲

本日16時より入所式をおこない、その後懇親会を実施いたしますので、ご参加ください

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