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1996年3月19日(火)《BN》

【熊大迷宮:やっぱり僕にはね部隊・富田 剛】
「こ・・・これは・・・」
「ひしゃくですか?」
 旧迷宮6階の謎の扉を調査していた富田 剛が、何かを発見したかのようにつぶやき、その言葉にやっぱり僕にはね部隊の江良 涼子が突っ込みをいれた。富田が扉の調査を始めておよそ10分が過ぎていた。扉の前に立って調査を始めた時から、それが扉であることは一目瞭然であったのだが、長年の冒険で培った富田の知識を持ってしても、その扉がどの類の物か検討が付かなかった。しかし、富田がこの扉に隠された謎への手がかりを発見する。
「残念ながらひしゃくではないですよ。というか、ひしゃくを知っているとはなかなかやるね~」
「いえいえ、それほどでも・・・は良いとしまして、何かわかりましたか?」
 部隊全員の視線が富田に集中する中で、富田は左手を扉の方へ向け、一点を指差した。
「この扉が開かない理由はこの部分が原因だね。おそらく、この部分を破壊すればこの扉が開くとは思うんだけど、問題が2つあります」
 富田の話す言葉に部隊全員が聞き入り、視線は扉のその一点を見つめていた。
「1つめは、その部分を破壊したことによって起こるトラップ。出来ることならあらかじめ解除したいんだけど、存在しないトラップは解除のしようがないから、甘んじてそれを受けるしかないです。トラップも飛矢ぐらいだったら問題ないけど、ビーキャン3人武器警官とかだと大変だからねえ」
 途中から話の意味がわからなくなったが、とりあえず全員富田の話しに聞き入っている。やっぱり僕にはね部隊も、現在は地下10階の探索を行っているので、トラップの恐ろしさは十分すぎるほどにわかっている。亜獣と戦って負傷するのは名誉の負傷だが、トラップで負傷したとあっては悔やんでも悔やみきれない。ビーキャン3人武器警官の意味は良くわからないが、おそらく自分たちが遭遇したことがないほどの大変なトラップなんだろうと全員が息をのんだ。
「2つめは、この扉の奥に亜獣がいて、その亜獣がおそらく炎の巨人だということ。こちらの方が気になるんだけど・・・」
 その言葉を聞いて、戦士で隊長の坂上 直弥が口を開く。
「炎の巨人って、あの炎の巨人ですか?一応俺たちも普段地下10階を探索してますので、炎の巨人ぐらいなら倒せないことはないですけど」
 巨人一族の中で比較的出現率の高い炎の巨人は、物理攻撃主体で攻撃をしてくる。炎で模られた剣の威力は強烈であり、まともにくらうと致命傷になるほどの強さを誇っている。しかし、攻撃パターンがある程度一定であることから、慣れてしまえば高レベルの戦士の敵ではないことも事実である。 
「それはわかってるよ。通常の炎の巨人と戦って君たちが負けるとは全然思っていない。気になるのはここが6階だということだ」
 旧迷宮は10階構成になっていて、各階によって存在する亜獣が異なっている。基本的に地上に近いほど弱く、地下深くなるほど強い亜獣が生息している。なぜこのような構成になっているかはいまだにはっきりとは解明されていないが、いくつかの仮説は存在する。その中の一つが、エネルギー濃度による亜獣の生息条件というのがある。冒険者たちが、迷宮内で魔法を唱えたり亜獣の位置を探知できるのは、迷宮内にあるエネルギーが存在しているからであり、そのエネルギーは階が深くなるほどに濃度が高くなっている。迷宮に存在している亜獣はほんの一部の例外を除いて、このエネルギーを吸収することによって生命力を維持している。力が強大だったり、魔法を使ったりする亜獣は生命力を維持するのに膨大なエネルギーを消費するので、深い階層でしか存在し得ない。また、亜獣同士にも縄張り争いがあるので、弱い亜獣は仕方なく上の階へと退避して生息することになる。そのことにより、階による亜獣の住み分けが発生するというのだ。
「たしかに炎の巨人は6階にいるはずがないんですよね。しかし、扉の向こうに存在している」
 しばらくの沈黙のあとで羅川 伸が口を開き、続けて富田が言葉を続ける。
「考えられるのは、扉の向こうにいるのが炎の巨人に極似した別の亜獣であるか、この扉の奥の空間が通常の6階の空間ではないか、もしくはその両方であるかだ。とにかくトラップの件も含めて、扉を開けるのはあまりにも危険が大きいと思う。ということで、開けないでもいいでしょうか?」
 冒険者というのは好奇心の塊であるが、このチャレンジは余りにも危険が大きいことを悟ったのか、部隊全員が富田の意見に同意し、ここの探索をあきらめたのである。

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