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1996年5月16日(木)《BN》

【ル・ミディ:富田 剛・松浦 さやか】
「そうだったんだ。何か騒然としてたから何かあったんだとは思ってたけど」
「隠してたみたいでごめんね」
 ランチを食べた後でのんびりと紅茶を楽しんでいる松浦 さやかの言葉に対して、コーヒーを口に含んだ富田 剛が返事を返した。ここは喫茶店『ル・ミディ』。本日午前中は鍛錬場で過ごした富田と松浦であるが、鍛錬終了後に落ち合って、ランチは『ル・ミディ』で食べることにした。『ル・ミディ』は冒険者組織の建物から少し離れた場所にあり、旧熊大の吉田門から立田山に向かってしばらく進んだ場所にある。その立地から最近はあまり冒険者たちも利用しなくなっているが、富田は昔からこの喫茶店が好きであり、今でもここぞという時には利用するのである。それは松浦も理解しており、ここで食事をするときには何か重要な話があることが多いのである。月曜日の探索で富田が忍者に転職し、その結果冒険者を継続することができなくなったことについて、まず罠解除士教官の山口 可奈へ報告した。それを聞いた山口は大きなため息をついて少し厳しい言葉を述べたが、富田が生きて帰ってきていることから結果的には納得してくれたようだ。この忍者に関する情報は極秘事項にあたるので、一旦口外は禁止となり、今日の午前中にやっと情報を公開して良いとのお達しを受けたのである。そこで富田はこのことを松浦に伝えたく思い、『ル・ミディ』へと誘ったのだ。
「つよくんは冒険者をやめる最後の人だと思ってたんだけどね」
「He is the last man!俺もそう思ってたよ。でもまあ仕方ないかな」
 思っていたことを松浦が口にし、それに富田も同じ意見を述べる。ただ、こうなってしまったからには冒険者を続けることはできないのである。
「それで今後どうするの?」
「しばらくは大塚の代わりに罠解除士の若い衆の指導をするように頼まれてる。でもずっとそれをする気はないから、何をするかは現在考え中だよ」
 こう答えた富田はコーヒーを飲み干して大きく息を吐く、それを見つめながら松浦は何とも言えない表情を浮かべていたのである。

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