見出し画像

対人不安の裏には、幼少期の心の傷が潜んでいるのかな、

はい、、、、 


私、おかまのアンです。↓↓


今日はちょっと元気ないって感じでぴえん侍。 

前にも同じようなこと書いたかもしんないケド、 
今のこのモヤモヤとした気持ちを吐き出したいから、こうやって言葉にするわね。  


うん、、、。それでね。 
私、おかまじゃない? 

やっぱり小さい頃から、女の子っぽい遊びとか衣装とかが好きだったのよね。 

おばあちゃんやお母さんの化粧箱から道具を取り出して遊んでみたり、 
歳上のいとこのスカートを履きたがったり、 
おジャ魔女ドレミの格好をして記念撮影をしたり。   

あー、そうそう。 
脱腸の手術の後には『キティちゃんの時計が欲しい』って親にせがんだわ。 

まぁ、結局買ってもらったんだけどね。 

で子どもながらに、
『こうしたい自分』と『こうしなければならない自分』との間で、大きな葛藤があったわ。

親戚との集まりでもそう。 
可愛い格好をしていると、周りの大人達から囃し立てられることも多かった。

大人達からしたら、 
ただ私を可愛がっていただけなのかもしれないけど。。。

でも、私はすごくそれが嫌だった。 
笑い者にされているような、お前はおかしいんだと言われているような気持ち。 

胸がぐわっと、 
恐怖に支配される感じがあったわ。

それで、 
近所でもそんな格好をしてたもんだから、 
小学校に入った時は、上級生にちょっとだけいじめられもした。  

廊下ですれ違う時に、
『スカート履いた、おーとーこー』って、 
手拍子で囃し立てられるみたいなね、、、。

まあそのいじめは本当にちょっとだけだったから、 
学校にあまり嫌な思い出では無いんだけどね。

あぁあと、小学2年生の頃の担任には、 
『だいすけくんは男の子よりも女の子と居ることの方が多かったね。悪いことでは無いけど、そう感じたよ。』と言われた。 

何故それを伝えたのかが、謎いが、、、。  


子どもは周囲の反応を見ながら、社会や世界を知っていく部分があると思う。  

そんな時に、 
『自分のこの考えは、社会からは恥として見なされるんだ』とか、 
『自分をありのままに表現してはいけないんだ』とか、  

そういう想いを他人と共有出来ないまま大人になってしまったのかもしれないと感じる。

また、家族に対しても、
『きっと自分のことを恥じているだろう』とか、   
『私の過去の汚点を知っている者の居ない世界で生きたいきたい(今は汚点とは思ってないけど、、、)』とか、 
子どもの頃から、こんな感情を抱いていた。


だからこそ、聞き分けの良い笑顔の裏では、 
常にこうした孤独感が拭えなかった部分もある。本当の自分を周囲に知られるのが怖かった。 

中学に上がったら、幼稚園の頃の自分を知っている人がいて、いじめに遭うんじゃないかとか、怖がっていたこともある。

そうした、生きていく上で自然と張ってしまった心のバリアによって、 
今こうして、自分自身を苦しめているのかもしれない。

いや、分からないよ。 
それが本当か分からないのだけども、、、。  


ただ、
『自分が人と関わると妙に疲れるなぁ、人からみくびられやすいなぁ』 
という現状に対する原因を、作りたいだけなのかもしれないけどね笑 


あぁ、暗いぞ暗い! 


ダイちゃん✨   

今日はヨワネハキ









この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?