ラベンダー 第13回
「ごめん、ごめん。ちょっと大風呂敷になっちゃったね。でも、男がスカートをはく文化や伝統だってあるわけだし、女はスカートなんていうのは、せいぜい数百年の歴史でしょ。そういうのを飛び越えようとしてるのよ、お宅の旦那は。決まり事とか、しきたりから抜け出してみようと挑戦してるわけよ。
いや、違うか。そんな挑戦なんて大それた意識はこれっぽっちもなくて、ただ自分の内側から聞こえてくる声に、素直に従おうとしているんだろね。結果、自分でも気づかないまま、あたりまえがあたりまえとされる世の中に風穴開けて、風通しを良くしようとしてるのかもね。そういう意味で、現代人のご都合主義をするりと駆け抜けて、知らず知らずのうちに、社会の形成以前の太古のエネルギーに近づこうとしているのね。こんなこと言ったら、多分ご本人は、そんな大げさなって驚くだろうけど」
そう言って、千尋はいたずらっぽく笑った。
「へえー、渉君すごいな。人間本来の豊かな昔の姿に戻ろうとしてるってことか」
「そう言ってもいいし、トリックスターとか掻き回し屋とも言えるね。ま、寅さんみたいなもんよ。その意味では主役だね」
「なんだか、うちの旦那が、かっこいいヒーローみたいに思えてきちゃったんですけど」
翔子のやや無邪気すぎることばに、千尋は苦笑いを隠せないまま言った。
「自分の夫のことを、そこまで気楽にベタで褒められる人も珍しいんじゃない? それから、これはあくまでもひとつの解釈で、いわゆる諸説ありますってやつだからね。文明が築き上げた二分法が悪いというわけではないし。それがあってこそ、社会はここまで発展してきて、私たちが安全で快適な生活を送っていることも事実だし。道具でもやり方でも一度できてしまうと、それのない昔には戻れないしね。でも、それとどう付き合っていくかは一人一人が決めることよ」
「分かってる。でも今の私には、とてもしっくりくる。(中略)場合によってはあえて区分しないで、境界を曖昧のままにするのも、ひとつの知恵ってこと?」
「そういうこと。それもひとつの個性の表現よ。まあ、渉君は今、みんなが縛られている0か1かの二進法から、量子コンピュータじゃないけど、0も1も含むより寛容な昔の状況へ戻ろうとしてるんだろね。あれかこれかじゃなくてどっちも含むものって、包み込んでくれるから癒やされるじゃない。それでほっこりするわけよ」