サニー・スポット 第30回
「それはよかった。そう伺って安心しました。では、今度お邪魔する時にはワインでも持参しますよ」
「きっと喜ぶと思います。ワインは好きですから。そうそう、こないだですけどね……」と言ってから、杏子が少し言いよどんだ。
耳ざとく聞きつけた辺見が
「何かあったんですか」と、問うと、杏子は、しまった、余計なことを、とでもいいたげな顔をしている。
「いえ、お耳に入れるほどのことでもありません」
「そうですか。でも、何か楽しそうなお話でしたら、もし、お差し支えなければ、……」
辺見にそう請われて、あきらめ顔の杏子が少し恥ずかしそうに、訥々と話し始めた。
「あの、あちらの方角に白い尖塔が見えますでしょ。近くにある結婚式場なんですが、いつでしたか、やはり式があったらしくてお祝いの鐘の音が響いてきたんです。高藤は多分、自分も晴れ晴れとした気分にでもなったんでしょうね。昼寝から目覚めて夕方まだ明るいのに、ベッドに入ったまま、白ワインが飲みたいっていうんです」
昔から言いだしたら聞かないところがある高藤なので、杏子は仕方なしに、小さなグラスに入れた白ワインを枕元に持っていってやった。飲みやすい角度にベッドを起こしてやると、高藤が小さな声で何か言った。顔を近づけると
「杏子が飲ませて」
と言うのでグラスを口もとに近づけると
「口移しで」とせがむ。
呆れてしまった杏子は、子どもを叱る時みたいに、「めっ」という顔をして高藤のおでこを軽く中指で弾いた。するとしょげ返って今にも泣き出しそうな、とても悲しそうな顔になった高藤を見て、杏子は思わず吹き出してしまったと言う。
「まったくもう、って言いたくなっちゃいました」
と少し顔を赤らめながら白状した杏子夫人を前にして、辺見は実に久しぶりに心の底から無邪気に笑った。もっとも、
「結局どういうふうに飲ませてあげたんですか」と、訊くのはさすがに遠慮した。
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