一目みて気に入ったのさ

 一目みて気に入ったのさ。
 あれはいつだったか。アタイがもっと小さい時だろうな。ニンゲンみたいにマメに生きちゃいないからふわふわした記憶だ。
 いつも明るい大きなタワーを中心に栄えた街。タワー周りは何かと強いポケモンとニンゲンが多くてよく遊んでいた。
 そんな賑やかさが途切れない街でお前を見つけたんだ。
 お前の事だから『なんで俺を選んだんだ』とか考えてるだろ。そんなもの単純だ。気に入った。本当に、それだけなのさ。
 これだって立派な好意だろ?

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「まるい。お前は何がしたいんだ?……オレはな───何もない。だから、付き合うよ」

 十二歳。四日間の合宿が終わる日。そうまるいに伝えれば『付き合わせるつもりだった』と言わんばかりに目をギラつかせた。


「お前だって分かってただろ。オレにはバトルの才能がない。お前の夢を叶えてやれない。だから、見合うトレーナーを探してた」

 十四歳。それを伝えるとまるいに殴られた。

「オレじゃ足しにならない。お前の力を引き出してやれない。色々バトルのこと学び直したけど、オレにはセンスがなかった。それでも、お前はオレを選ぶつもりか?」

 その後悩みに悩んだ末、それを伝えると『たりめえじゃボケ』と言わんばかりに背をど突かれた。


「なんでだよ。なんでよりにもよって、お前がそう言うんだ。俺はこれで充分だ。そう決められたんだ。お前が好きなようにやればいい。それに付き合うし、努力する。やめろ。やめてくれ。俺にはこれが精一杯だ。期待とか、もっといい道とか、そういうの、いらないんだよ」

「オレは立派なトレーナーじゃない!」

 好きな事をしようと誘わないでくれ。

 十五歳。自分が何が好きかハッキリと認知した。だからこそ目を伏せた。その道はいらない。その理由もある。言い訳だと言われるかもしれないけど。
 まるいの道を手伝おうと決めた。これでいい。好きなものに向き合える奴は素晴らしい。率直に言えば格好がいい。輝いて見える。
 お前が繰り出す技ひとつひとつ。バトルの奥深さを学ぶほど、こだわりが見えてくる。ただただ凄いなと驚いた。
 その手伝いができるなら満足だと言える。そう思えるほど、お前に惚れたんだ。

 オレは臆病だ。だから母と同じ料理の道はやめておきたい。目指したものに失敗するのが恐ろしい。

 子供でいる事をやめさせてくれ。夢を見させないでくれ。情を殺させてくれ。自分は怖がりで不安がりで、素直になりたくない。
 だってそうだろ?好きなものに情熱、努力、技術、時間。持つもの全て使って取り組んで楽しんだそれ等が崩れたら。怖い。悲し過ぎる。恐ろしい。
 だからって、まるいの夢を支えるのだって怖い。自分の力不足で迷惑をかけるのではないかと不安になる。それを、どうにか受け入れてこれた所だったんだ。お前となら、どうにかやっていけるんじゃないのかと。
 なあ、それでいいだろ?それ以上を求めて、何になるんだよ。今まで通りでもう幸せじゃないか。高望みなんて賢くない。

 ……確かに料理は好きだ。母親の言うやり甲斐だってよく分かる。母が好きで、母が好きなものが好きだった。
 人が笑顔でいるのを見ると落ち着く。気にかけてやる必要がない。幸福感の手伝いが出来るなら、素晴らしいものだ。

 だからその道はやめておきたい。その職を嫌いたくない。

 オレは自分を誤魔化すのが得意だ。だから得意なままでいさせてはくれないか。
 夢を持つ怖さをどうか無難な道でやり過ごす事を、それを幸せだと言い切らせてはくれないか。
 ごめんな、オレ今辛いんだ。
 お前は強くてオレは弱い。お前とオレは違う。
 弱い奴は強い奴についていけないって知らないのか?…………本当、お前ってそういう奴だよ。だから嫌いなんだ。
 そのまま引っ張り回してくれたらよかったのに。








「まるい、お前は何がしたい?俺はさ、調理の勉強をしようと思ってる」

 その話の数日後、こう聞いた。
 俺は弱い。弱いから、強い奴に振り回されてしまう。
 期待をされるのは苦手だ。期待があった場合。それに応えられなかった場合。その結果は落胆だ。億劫になる。そうなるぐらいなら最初から無い方がいい。お互いの為だ。
 バトルも料理もなんて、俺に出来るわけがない。
 だけどさ、まるい。お前はこの気持ちを知っておきながら無視したな。羨ましいよ。お前は勝気だからすぐに大丈夫だと言う。……そうだ。俺だってそう言いたい。でも無理だ。

「だけど、お前のやりたい事も付き合いたい。お前は何がしたい?」

 だというのに、矛盾ばかりしてしまう。不確かなものに生きていくなんて、恐怖ばかりだ。
 この考えのままでいたかった。諦めておくのが楽だと思っておきたかった。どうしようもないほど、俺は救いようがないお人好しで、頑張り屋で、素直になれる事をどこか期待している奴だった。
 この誘いを考える事、口にする事にどれ程苦悩したか。

 まるいが勝気な奴なんて、ここ数年で嫌という程思い知らされた。苦手だ。仲良くなんて出来るわけがない。悩みは尽きない。
 ……やっぱり、料理とバトルのいいとこ取りなんて。出来るわけが、

『ぷ!』

 …………そうか、そうだな。

 葛藤ばかり身に積もる。あらゆるものに可能性がありリスクがある。できないものは諦める。下手に望むのは賢くない。そういうものだ。現実と無難さに向き合う事で精一杯。
 けれどまるいはできると言う。真反対な性格だ。お前が嫌い過ぎて、いっそ清々しい。
 そんなお前となら、どうにかなるだろと思えてくる。仲良くなんて出来やしない。だからこそ、

 怖いものは怖いままだけどさ。変わることなんて出来ないけどさ。
 どうにかなるか?なるかもな。

 まるいのやりたいバトルの道。俺のやりたい料理の道。両立出来ないか試すだけやってみよう。
 俺に無い心の持ちようを貸してくれ。

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