主任ソクジンさん

26歳、独身、OL、気ままな一人暮らし。

世間的にはいわるゆ"一流会社"と呼ばれる食品会社に新卒で働き始め早いものでもう4年。

彼氏はしばらくいないけど、何でも話せる女友達と美味しい物を食べに行ったり海外旅行したり、自分で稼いだお金を好きなことに使えるこの生活に何の不満もない。

でもやっぱりいつかは大好きな人が出来て、その人と結婚したい。という漠然とした夢はあって…

______


「橘!悪いけど、この報告書やり直して。」

『えっ』

「コスト削減の数字を正確に記載しないと納得して貰えないだろ?」

『あ…は…はい…』

「同じこと何度も言わせるなよ」

『はぁ…す…すみません』

「それから、その爪。切った方が良いんじゃない?」

『えっ、あー、そ、そうですね。す、直ぐにき…切ります。』

最近うちの課に配属されて来たキムソクジン主任。

頭のキレが抜群で社内の評価は頗る高く将来有望な人材らしい。

誰もが見惚れるイケメンなのにその完璧主義な性格と愛想の悪さ、ミステリアスな雰囲気も加わって女子社員からは警戒され気味。

休憩中におかずを口いっぱいに頬張って子供みたいに無邪気な顔で無心にムシャムシャと食べる姿から
影では早くも"ハムスター"とあだ名を付けられている。

私の直属の上司だから適度に良好な関係を築きたいところなんですが…

はぁ…

嫌い…
と、言うより苦手?
喋り方とか顔も怖いし…

休憩中に同期のみかとさよに愚痴を聞いてもらう

「はぁー?マヂでそんなこと言われたの〜?」

『う…うん。』

「やばー。全然仕事関係ないじゃん!」

『男の人に爪の不衛生を指摘されるなんて…』

「ね…」

『ダメだ、地味に凹む。私、女として終わってない?』

「いや〜、アミ、ドンマイ!けど、どっちかって言うとそれハムの方が悪いでしょ」

『昨日の夜ケアしようかなって思ってたのに…
ネトフリ観てたら寝落ちしちゃって』

「だいたいさぁ、ハムはダメ出し多くない?」

「それ!こまかすぎな!!どんだけ仕事出来るか知らんけど、それ必要?って事まで要求して来るし。」

『私なんて今日の報告書、やり直し5回だよ?絶対目付けられてる。』

「言い方もネチネチしてない?」

「目付きも悪いよね」

「ハム絶対彼女いないよね」

「いないね。」

『...』

……



はぁーーー、疲れた

外回りして会社の近くまで戻って来たけど
会社戻りたくないなーーー

ビルが立ち並ぶオフィス街
ビルとビルの合間にある芝生の広場のベンチに鞄とスーツの上着をかけストンと座る

ちょうどお昼だし晴れてるし
コンビニで買って来たお昼ご飯
ここでチャチャっと食べちゃうお

帰ったら主任に外回りの報告か…
はぁ…

「よぉ。ここ、隣いい?」

『はぃ、どうぞ。』

え?

何も考えずに返事をしてから隣にドカッと座り込んで来た人にふと目を向けて固まった。

は…?

最悪…しゅ…主任じゃん。

と、とにかく 食べて立ち去ろう。

「今日ここ混んでるな」

『えっ、あっ、そうなんですか?私ここで食べるの初めてで。』

「あっそう。」

え…、お、お弁当?!

手作り??

彼女いるんだ?!

そっかー、こんな人でも幸せなんだ(失礼)
しかも、色鮮やかですんごく美味しそう
愛だわ。愛しかない感じ。

「何?」

ヤバっ、ガン見してたのバレた

『いえ、あの、お幸せですね♡』

「はぁ?」

『照れなくても…愛されてるんですね♡羨ましいです♡』

「あぁ、そゆことか。これ、俺が作ったんだけど。」

『え?ええええええええええー?』

「愛されてなくてすいませんねぇ」

『主任スゴイですね』

「別に凄くも珍しくもないし、今時、弁当くらい男女関係なく作るだろ。」

『私、あまり料理しないので毎日手作りのお弁当とか尊敬です。』

「橘のランチ面白いな」

「あ、これは…コンビニのパスタにサラダぶっかけただけです…野菜摂らないとと思って。』

「それだけ?タンパク質ないぞ。」

『あ、本当だ…』

あれ?普通に主任と話せてる?緊張もしてないや。

「あのさ、弁当のこと人に言わないでくれる?」

『えーなんでですかー?モテポイント上がるのに?』

「いや、俺、顔で舐められること多いからさ。」

童顔のこと、そんな気にしてるんだ。

『若く見られるの羨ましいです。』

「嘘。」

『え?』

「嘘だな。」

『嘘じゃないです。私、若く見られることなんて滅多にないから羨ましい限りですよ。』

「…」

ハムなんてあだ名で呼ばれてるって知ったら憤死するな。

あれ?あれ?あれ?
主任、顔真っ赤。
なんか、可愛いぞ。

『じゃあ、口止め料ください。』

「は?」

『その、肉団子みたいなの美味しそう。』

「ハンバーグな。」

『あ、ハンバーグでしたか。それがいいです。』

お弁当を覗き込みながらそう言えば

「以外と調子に乗るタイプなんだな。」

『へへっ』

"ほらよ"と、主任が差し出したお弁当箱の中の美味しそうなハンバーグを一つ頂く。

なんか、ワクワクする

ふふっ、嬉しい!

『やっ、った!』

思わずはしゃいでしまう

パクッと一口で口に入れると少し焦げた香ばしい香りと肉の旨味が凝縮されていて、でもふわふわっとしていて…

何これ…すんごい美味しい!!!

やだ、なんか美味し過ぎて涙出る…

「え…何?なんで涙ぐんでんの?」

『えっ、あっ、なんか実家のご飯思い出しちゃって…』

「実家って…。どうせ俺の弁当は古臭いよ。」

『いやいやいやいや、ものすんごく美味しいです。』

「...」

『これ、どうやって作るんですか?』

「え…知りたいの?」

『いや、多分私には作れないんで大丈夫です。』

「...」

思いがけず主任の秘密を知ってしまった。

……

それ以降もあの時に話した主任との会話が頭から離れなくて。

主任と2人だけの秘密

手作りのお弁当と童顔コンプレックス

小さな秘密だけど

些細な小さな可愛い秘密は私の心をチクチクさせた

主任の顔を見る度に"あの主任にも可愛げがあるんだな"なんて思ってしまう

同期に言いたいけど約束したから黙っておこう

………

とある日の帰り道

いつも通りエレベーターで1階へ降り
ビルの出口にセキュリティカードをタッチして
回転扉をくぐり外へ出る

しばらく歩くと後ろから聞き覚えのある声が

「橘!」

振り返ると息を切らした主任が必死な顔して追いかけて来る

『え…?!』

「良かった。追いついた」

『えっ』

「いや、フロアではなかなか二人になれないから」

『え!』

「え?」

『え?ど…どうしたんですか?』

「これ」

と言われて差し出された掌を見ると小さく折り畳まれたメモが。

『...』

「この前聞かれたハンバーグのレシピ書いてみた。」

『え…』

「良かったら作ってみて」

『あ…ありがとうございます。でも、わざわざすみません。メールで良かったのに。』

「いや、これ仕事と関係ないことだから。」

『あぁ…ありがとうございます。』

あんな…勢いで言った様なことなのにちゃんと覚えててレシピまで書いてくれたんだ…

「じゃ、お疲れ!」

メモを渡すとそそくさとビルに戻ってしまったキム主任。

わざわざこれの為に?

あんな走って来てくれたの?

嬉し過ぎて抱きしめたい衝動に駆られる

いやいや、何考えてんだ私は。

……

翌日、主任にもらったメモの通り材料を買い込み自宅で一人作ってみたけど全く美味しく出来なくて。

何が違うんだろ?

主任が作ったのはもっとふわふわで噛めば噛むほどお肉の香ばしい香りが広がって美味しかったのにな…

……

「橘さん!」

隣の部署の女性の先輩に呼び止められる

『はい』

「橘さんの報告書、すっごく分かりやすかったわ。うちの部長も誉めてたわよ。」

『えっ、本当ですか?!』

「本当よ。頑張ったわね。お疲れ様でした!」

『あ、ありがとうございます!』

やった〜!褒められた。
仕事で褒めらたの初めてかも!
しかも隣の部署の人に!

嬉しい!!!

主任にダメ出しされて5回も修正したけど頑張って良かった!

また頑張ろ!

……

既にもう残業確定な時間だけど、今日中にやっちゃいたい資料がもう一つあるんだよな…

『主任!あの…ここにExcelで表を作成して添付したいのですが…』

「いーけど、今からやる?」

『あ〜、はい…で、できれば。』

「これ、明日朝イチで取引先に提出する契約書の資料でしょ?」

『はい…』

「俺の承認サイン必要なやつだよね?」

『あー…そうですね…。じゃ、じゃぁ、ちょちょっとサインだけ先に…』

「出来るか」

『ですよね、すみません…』

「いーよ。待ってるから、やっちゃって。」

『え…あ…でも…いいんですか?』

「うん。俺もやらなきゃいけない事はまだまだ沢山あるから。」

『あー、で…でも…』

「大丈夫だから。ごにょごにょ言ってるうちにやっちゃって。」

『あ、ありがとうございます。』

小走りに席に戻って急いでパソコンに向かう

しばらく作業していたけどどうしても、少し離れた席に座っている主任が何してるのか気になってしまいチラッと見れば

「できた?」なんて冷たい目で言われて焦る

『いや、まだです。もうちょいで…』

「よそ見しないで早くやる。」

『はい…すみません。』

会社での普段の主任は細かいし厳しいし言い方もネチネチしてるし目つき悪いし

だけど、そのお陰で褒められたし仕事が楽しく思えて来た

今日も残業付き合ってくれて…

分かりにくいけど、面倒見が良くて優しい人なんだ。

『主任、出来ました。』

「どれ」

資料を渡して席に戻る

正面から見ても綺麗な顔だよな

唇なんか女の子みたい

プルップルだし、吸い込まれそう目

お肌もツルツルで年相応には見えないよね。

本当、羨ましい。

「はい、OK」

『わー、良かった!』

「お疲れ様でした。」

…何か御礼したい!

『あの〜、ご相談したいことがありまして…』

「...ん?」

『今日の御礼も兼ねて…』

「...?」

『今から夜ご飯ご一緒出来ませんか?』

勇気を振り絞って放った言葉を聞いた主任は
可愛い目を真ん丸に見開いて驚いた後

「いいよ」

と返事をしてくれた。

……

職場から少し離れた落ち着いた雰囲気の
小さな個室が並ぶ和食のお店へ
主任が連れて行ってくれた

私が誘ったのにサラッとそうゆうことしてくれるのが嬉しくてお料理も美味しくてお酒が進むし主任と2人なんて緊張しちゃってちょっと飲み過ぎてしまって

『この前、主任が教えてくれたレシピで作ったハンバーグ、全然美味しくなかったんです…』

そう呟けば

「なんだ、そんなことか。」

『そんなこと、じゃないですよ。』

「いや、仕事辞めたいとか言い出すのかと思ったから。」

『主任が作ったのと全然違ったんです…』

「えー、そんな訳ないだろー」

『そんな訳あるんです。』

「ちゃんと分量測った?てゆーか、測らなくても大丈夫な間違いないレシピなんだけど…」

『…』

「橘?」

『みんな自分と同じ様になんでも出来ると思わないでください!』

ダメだ、涙止まんない…
主任とふたりってのもあって緊張して飲み過ぎた

「おー、おー、どうした?なんで泣くんだ?泣き上戸なのか?」

『…よく言われま…ふ…ひっ…』

「泣かなくても。」

『すみません、私、料理下手なんです…』

「...」

『結構そのことがトラウマで…』

「いや、ごめん…俺の方が…またやっちゃったな」

『また?またって何ですか?』

「う〜ん…いや…」

『あ!もしかして、元カノにもやらかした事あるって話しですか?』

「女の人って付き合うと直ぐに料理作りたがるだろ?」

『そ…そうですかね…?』

「でも実は不慣れだったりして、作ってる最中に気になることを指摘すると…」

『あぁ…』

「まぁ、直接的な原因がそれか分からないけど…」

『...』

「浅い関係のうちになんとなく終了するパターンとかね。料理がネックになってる気がしてならない。」

『失言しまくりなんじゃないですか?』

「…」

『顔が良いからって女の人が寄って来るのにあぐらかいて。私の元彼と同じですよ。』

「...」

『私なんて…私なんてですね…元カレとすごい喧嘩した時…"お前の作る料理もセックスもつまんない。"って言われてキレられたんです。』

「セックスって2人で上手くなっていくもんじゃないの?」

『...』

「俺、何言ってんだ…部下相手に…」

『...』

「あ…あれ?た、橘??寝落ち?」

やだ、私…主任に何言ってんだろ…
急にセックスとか…
なんて恥ずかしいこと言っちゃってんの?!

酔ったせいにしてね寝たフリするしかない…!!

でも、主任ドン引きするかと思ったのに真面目に答えてくれたのびっくりしたし、嬉しかった。

私、そんな風に思ったことなかったし、多分思われたこともなかっただろうな。

私もそんな恋できるのかな。
ううん、してみたい。

しばらくすると主任の声が

「お〜い、起きろ。」

『んー…』

「そろそろ時間ヤバいからもう帰るぞ。」

『...は…い…』

主任がお会計を済ませてくれてて

『ご馳走するって言ったの私なのに!』

「いやいや、大丈夫だから。」

『ダメです。』

「いいよ。」

『ご馳走させてください。』

「いいから。」

『えー…でも…せめて半分は払わせてください。』

「いやいや、大丈夫だから。」

『ダメです。』

「じゃあ、いつかご馳走してよ。」

『…え…あ、は…はい。良いんですか?』

「いいよ。」

『すみません、ありがとうございます。ご馳走様でした。』

「はいはい。」

またいつか食事してくれるんだ
また会社以外で会う約束が出来たみたいで嬉しい

お店から出る主任の後ろを付いて歩く
主任って肩幅広いよね
スーツの後ろ姿が素敵だな

あれ…どうしてだろ…心臓がぎゅんぎゅんする…

少し歩き始めた主任が振り返って私も見つめ

「料理教えようか?」と言った

驚いた私は思わず

『え?あっ?今から?!ですか???』

なんて言ってしまって

「バカっ!んな訳無いだろ!!」

『で、ですよね』

「あっ、でも、いつでも良いので是非お願いします!」

『了解』

「いつでも!どこでも!うちでも良いので!」

は…恥ずかしい間違いをしてしまった…
期待してるとか思われなかったかな…

でも、まだ帰りたくない気分

「教え方、キツイかも。」

『仕事で慣れてます。』

「あはは」

あ…笑った顔初めて見たかも…

夜がこのまま終わらなければいいのになんて思ったのは久しぶりのことだった。

………

それからもどうしても主任のことが気になって
ふとした瞬間に思い出してしまう主任のセルフや
笑った時のかわいい笑顔

数日後の残業中のオフィス
仕事でチェックしてもらう資料を主任に渡し
しばらくして名前を呼ばれて主任の席に行ってみれば
OKのメモの横に"今度の土曜日、うちで料理どう?"って見えて顔が真っ赤になる

"だ、大丈夫です"って小声で応えれば

「了解」

って素っ気なく放たれた言葉と恥ずかしそうに
真っ赤に染まっていく主任の顔がかわいくて
ずっと見ていたかったけどまだ周りに数名仕事をしていたので慌てて席に戻る

……

待ち合わせの日

なんかもう何着ていけばいいのか悩むな。


料理がしやすくてシンプルなの…が、いいか。
薄手のニットにミディアム丈のスカートにしようかな。

あ、あと…この日の為にオフしといたネイルは短めにカット。

こんなお出掛けは久しぶりでドキドキする。

待ち合わせの駅の改札を出ると主任が既に待っていてくれて。
今までスーツ姿しか見た事がなかったからデニムにトレーナーというラフな姿にどうしたって騒つく私の胸。

汚れていないスニーカーってのもまた清潔感増すし
あんまりオシャレじゃない感じなのなのも凄くいいな。

主任って、きっとお育ちが良いんだろうな。

『お待たせしました。せっかくの休日にわざわざすみません。ありがとうございます。』

「ううん、全然。行こうか。」

髪もいつもよりサラサラで
セットされてないとこんな感じなんだ
なんか更に幼く見える

横顔が、か…かわいい。

途中のスーパーで食材を買い込み
主任のマンションへ向かう

食材の選び方も上手でスパイスなんかにも詳しくて、けどそれが嫌味っぽく無くてサラリとやってくれるの凄く有り難い。

レジでの会計も明日からのお弁当のおかずもついでに作るし、一人でもどうせこの位の量は買うから俺が払うって言ってくれて。

やっぱり手土産にワインとスイーツ持って来といてよかった。

……

主任のマンションに到着
グリーンが敷き詰められた敷地内を歩いて
自動ドアが開くと開放的なエントランスが広がる

わ〜

コンシェルジュに軽く会釈する主任の真似をして
私も慌てて会釈して通り過ぎる

なんか、主任と私どう見られてるんだろう…

彼女じゃありませんよー、ただの会社の後輩ですので。
なんてどうでも良いことを心の中で考えながら歩く。

1階できちんと待っているエレベーターに乗り込むと
主任がボタンを押してくれてゆっくりと扉が閉まる

こんな素敵なところにお住まいだったとは!

はぁぁぁぁ
凄い緊張して来たな。

私、大丈夫かな…
粗相しない様に気を付けなきゃ

主任の部屋に着くとスッとドアを開けて

「どうぞ。」と言われて

『お、お邪魔します…』言いながら一歩進んで深呼吸をすれば主任の匂いに包まれる

わあ、男の人の部屋だ。

リビングに進むと飾りっ気のないシンプルな家具
ソファにローテーブル、グレーのラグ、

部屋の隅には1人掛けのテーブルと変わった形の椅子が1つとテーブルの上に目をやればゲーム機とリモコンとベッドフォンが綺麗に並んでいる

主任ゲームなんてやるんだな
全然知らなかった

『あ、あの…これ。』

「おー、何?」

『大した物ではありませんが…』

「悪いね、ワイン?と、何だろ…」

『あ、ケーキです』

「ありがとう。適当に冷蔵庫入れといて。」

『あ、はい。』

「早速やるか」

『は、はい。』

や〜、ドキドキする!

「ほれ」

『え?』

「エプロンして」

『あっ、は、はい。』

言われるままに渡されたエプロンを付けると首回りが少し長くて後ろに居る主任が長さを調整してくれて腰で縛ってくれた

あー恥ずかしい!
こんなことになるなんて!
ダイエットしとくんだった!!

「あと、髪くくれ」

『あー、そうでした。』

急いで髪をまとめ手首にあるゴムで結く

「よし。じゃ、始めますか。」

『よ、よろしくお願いいたします!』

手際良くステンレス製のボールに挽肉を入れると

「はい、とりあえず100回は捏ねて。」

と、渡されて

『えっ、か、数えるんですか?!』

と応えれば

「まぁ、最初は数えた方が良いだろ。」

『は、はい、分かりました!』

"1、2、3、4、、、、"

って2人で数えながら捏ねること100回

あー、さっきの胸キュンなんだったの?
嘘だと思いたい…

ときめく暇なんて全然無いじゃん!

『えっと…ナツメグ…小匙1/2だから…』

「いやいや、ちゃんと測れって。適当止めろ。」

『あ…すいません。』

「なんで自信ないのに適当にするんだ?」

『あ…そっか。えっと〜小匙の半分くらいだから…これくらいかな?』

「そうそう。他のもちゃんと測って。」

『あ、は…はい。』

「うん。そう。それでまた少し捏ねたら焼いて大丈夫。」

『は…はい。大きさってこの位ですか?』

「大きさは自分の好みで大丈夫だけど、最初は全部同じサイズに統一した方が火の通りが均一になるから良いかな。」

『なるほど。』

「半分やるよ。」

『あ、ありがとうございます。』

主任も手伝ってくれてフライパンの上に綺麗に並んだハンバーグのタネ

「よし!じゃあ焼こうか。」

『はい!』

「最初は中火で焼け目付くまで触らない。」

『ほう。そうなんですね。』

「だから、触らない。」

『だから、って何ですか?触ってませんけど!』

「ふふっ」

『...』

なんかもうトキメキとか全くない!
鬼指導モード全開!
まぁ、慣れてるけど…。

「焦げ目付いたら蓋して白ワインで蒸らして…」

『はぁ…』

「中まで火が通ったらもう大丈夫」

『は…い…』

「先ずはハンバーグだけお皿に盛って、煮汁でソース作ったら完成。」

『わ〜出来た!』

「うん。」

『やった〜!私にもちゃんとできた!』

「だろ。」

『ありがとうございます。嬉しい!』

「良かったな。じゃあ、他にも何か作るわ…」

『ほ、他にも?』

「う〜ん、野菜いっぱい食べられる様に…ラタトゥユとかかな。冷蔵庫入れとけばしばらくは保存出来るし。」

『スゴイ…』

ヤバい…かっこいい…手際いい…

料理してる主任…

色気漂ってるし…

好き…

やだ、コレって恋だよね?

でも主任は大人だし上司だし相手にしてもらえる気が果てしなくしない…

「ラタトゥユ仕込んでる間にもう一品なんか作れそうだな…何にしよっかな。」

『はい、ビール。飲みましょ♪』

「え…もう飲むの?」

『テンション上がった時に飲むのが一番美味しいじゃないですか。』

「まぁ、確かに」

『はい、乾杯』

「ん…」

コツンとお互いの缶ビールを合わせて飲むビールは最高で。

『美味しい!』

「うまいな。」

『料理って上手く出来ると楽しいんですね』

「だろ?」

『はい。』

あーもう楽しい!
最高な1日だな。

主任のご指導の元、ハンバーグも上手に焼けて一安心。
他の料理も完成したのを綺麗に盛り付けてくれて彩とりどりに並んだ食卓

『わ〜!スゴ〜イ!どれも美味しそう!』

「じゃ、食べるか。」

『はい!あ!その前に…ワイン持って来ました。』

「え?あ、ありがとう。ワインなら幾つかストックあるからいいのに。」

『いやいや、そうゆう訳にはいきません。私、いつもご馳走になってばかりなので。』

「じゃあせっかくだし橘が持って来てくれたワインにするか。」

『はい。』

「ん」

主任が出してくれた小さなワイングラスに赤ワインを注ぐ

「じゃ、乾杯」

『乾杯』

こんなのすっごいテンション上がる!

「いただきます。」

『いただきます。』

「うん、ハンバーグ上手く出来たな。」

『本当、すっごく美味しいです。』

「良かった。」

『あっという間にこんな沢山のメニュー作れるの尊敬します。』

「簡単なのばっかだから。」

『いや、私にはそうは思えませんけど…』

「興味あるなら他のもの作ってみたら?」

『え。1人でなんか作れないですもん。』

「じゃあまた何か作りに来る?」

『えっ?いんですか?』

「どーせ、暇な休日は一人で何かしら作ってるから。」

『え、やった〜。嬉しいです。』

……

食後に私が持って来たケーキまで食べたからお腹いっぱいで。

「そろそろ時間やばいから…」

『あぁ、はい。』

駅まで歩いて向かう帰り道。

本当は帰りたく無いけど、そんな事言えるはずもなくて。

主任が"またな。気を付けて帰れよ。"って駅の改札口で言ってくれて。

"ありがとうございます。また。"って別れて今日1日を振り返る。

はぁ、幸せな1日だったな。
こんなの久しぶり過ぎてもう忘れちゃってたけど、男の人と2人で料理するなんて、なんか新鮮で楽しかった!
それに、教え方も的確で私が一人でも作れる様に簡単なレシピにしてくれてるのも有り難い。

何より料理出来る人凄く良い!

エプロン姿も包丁さばきもかっこよかったな。

……

会社で会う主任は相変わらずで
週末一緒に料理したのは錯覚?って思ってしまう程。
夢から現実に突き放された気持ちになって苦しくなる。


けど料理する主任の姿が忘れられなくて
主任との妄想ばっかり膨らんでしまう。

はぁ…
夢見てないで仕事頑張らなきゃだ。

……

あんな夢みたいな時間があったなんて
嘘だったんじゃないか?と疑い始めた2週間後

主任からLINEが。

「今週末、カレー作るけど来る?」

えっ。
う、嬉しい!!
たった2週間だったけど、一年位音信不通って感じてたよ。
直ぐに返事すると待ってたみたいに思われるかな?
なんてくだらない事を色々考えてしまい、直ぐには返信できずに帰宅してから返事する

『お願いします!』

と、シンプルに返す。
色々と考えた割に結局のところこれしか思い当たらなくて。

やだ、どうしよう…
初めての時よりも更にドキドキする。

手土産は何にしようかな。
カレーに合うもの。

……

何を持って行けば良いか分からなくて。
考え抜いた結果、ベルギービールとレモンシャーベットを持参。

前と同じく主任のご自宅の最寄り駅で待ち合わせ。

2回目だから道も分かるし買い物リストをLINEしてくれたら私が食材を買ってご自宅まで行くと申し出てみたけど、"どうせ来週分も買わないといけないから。"と断られた。

ドキドキしながら改札口に向かうと見覚えのある顔が見える。

あ…いた。

人混みの中でも直ぐに見つけられる整った綺麗な顔。

ハニカミながら片手を頭上に上げて私に向かって勢いよく手を振ったのに恥ずかしくなったのか急に止めた手を軽く上げ直す姿がたまらなくカワイイ。

『お待たせしました。』

「いえいえ。今来たばっか。」

『なら良かったです。』

「うん。じゃ、行きますか。」

『はい。』

……
スーパーで食材を買い込み主任の部屋へ。

今日はカレーだから煮込むのに時間が掛かるってことで前よりも早い時間に待ち合わせをした。

持参したエプロンをして髪を結び手を洗う。

「じゃあ、橘には野菜切って貰おうかな。」

『あ、は、はい。』

「玉ねぎからだな。微塵切り。できる?」

『え、あ、多分、出来ます!』

「あーでもアレだな、面倒だったらコレ使うか。」

『...?な、何ですかコレは?』

「見たことない?」

『...』

「ここ引っ張るだけで微塵切り出来るの」

『えー?!凄い!あ!SNSで見た事あるかも!』

「本当すっごい便利だよ。」

『わ〜、本当だ!これ凄いですね!時短ですね!欲しい!』

「うん。一つあるといいかも。まぁ、一人でもちゃんと料理するならだけど。」

『え…。』

「あ、ごめん。」

『いや、全然。本当の事なんで。』

「…。」

『でも、最近料理が楽しいなって感じて来たのも事実で。』

「...。」

『だから主任に教えてもらってレパートリー増えて、必要だなって感じたら買おうかな。』

「うん、それが良いかも。」

『そうします。』

「うちで作る時は要らないしな。」

『えっ?』

「あ〜、いや、まぁ…また気が向いたら…って話だけど。」

『嬉しいです!ありがとうございます!』

「はいはい。じゃぁ続きやろっか。」

主任って単刀直入な話し方するから受け取る相手によっては冷たい感じしちゃうんだけど、実は相手のことをちゃんと思っての発言だったりするんだよな

それで…これからもまた料理教えてくれるのかな?
嬉しい!すっごい嬉しい!!
もっと色々作れる様になりたい!

それに職場以外で主任と会えるの嬉しい。

カレーは一日目に煮込んで一度冷やしてまた煮込むことで翌日からが更に美味しくなるんだけど、急いでる時は裏技があって…

裏技??どんなですか?

りんごと玉ねぎを擦って入れてに煮込むんだよ

えー?!りんごと玉ねぎ!擦るんですか!

そう

知りませんでした!

だよな。俺も最近知った。

ほ〜、凄い!裏技教えてもらっちゃった!

うん。この方法で作ってから俺はずっとこの方法だよ。

じゃあ、りんご剥くか。

あ、は、はい。

で、煮込んでる間にピクルスでも作ろうかな。

ピクルス!

これも本当簡単で野菜いっぱい食べられるからオススメ。

私、ピクルス大好きだけど、自分で作れるなんて思ってもみませんでした。

そうだよな。これも覚えておくと便利だぞ。

いや、本当ですね。嬉しいです。色々なメニュー教えて頂けて。本当、料理って楽しく作れるといいですね。

うん。

節約にもなるし、身体にも良いし。

そうなんだよ。

作るきっかけ貰えて嬉しいです。

それは良かった。

本当、ありがとうございます。

いえいえ。あー、流石にカレー少しは煮込まなきゃなんだよな。

あぁ

待ってる間どうしよっか。

あー、私は何でも。

とりあえず…

飲みますか?

あ、そうだな、ちょっと何か摘みながら飲むか

やったー!

昨日作ったお惣菜がまだ残ってたよな…
あった、あった。はい、これ。

残り物のお惣菜を幾つか
ささっと盛り付けしてくれて

わ〜、す、凄い…
主任、女子力高い…
高過ぎて辛い

え?辛いって?何でだよ

だって全然敵わないんですもん。

そんな、競う必要ないし

でも…

料理なんてどっちかがすればいいんだし
覚えようと努力してるんだから
そんな風に思う必要ないだろ

そっか…

そうだよ

やだ、嬉しくって泣きそう…
いつも冷静でなかなか褒めないのに、たまに劇的に優しい一言を放つから一瞬で胸打たれちゃう

主任って嘘がないんだろうな
すごく素直な人

すごく素敵だな

あっ、そう言えば、主任ってゲームお好きなんですか?

あーそうだね

好きなんだ

好きって言うか、、、、
暇さえあればずっとやってる

え!意外!!

橘は?

私も昔ハマった時期あって結構やってました
ストレス発散に。

え、そっちの方が意外じゃない?

あー、確かに、そうかも知れないです

びっくりした

そうですか?

うん

ちょっとやってみたいんですけどダメですか?

え?ゲーム?

はい

え?やる?

やりたいです

おー、全然いいけど

やったー

何やる?

うーん、何があるんですか?
あっ!マリオカート!懐かしい!
久しぶりにやりたい!

いいよ

対戦します?

え?対戦したいの?負けないけど?

いや、分かんないですよ?

ふふっ、俺を誰だと思ってる?

えっ、誰って…冷酷人間。

あははっ、酷い言われようだな。

すみません、調子に乗りました。

全然、本当のことだし。

ふふっ。

とりあえず、ゲームしてみるか。

わーい。

私達は主任が持っているゲームを幾つかやってみた
予想通り容赦なくて全然勝たせてくれない主任に本気で怒ったり、あと1歩のところで結局勝てなくて悔しくて叫んだり、ふたりでチームを組んで敵と戦うゲームでは勝利すれば手を合わせて喜び、楽しくて笑って泣いて…私にとっては最高の時間を過ごした


あ、もうそろそろお腹空いた?

あ、はい!

カレーも出来たかな。食べるか?

はい!

じゃ、先ずはビールかな。 

ですね。

橘持って来てくれたの飲んでいい?

もちろんです!

プシュッとビールの缶を開けて
コツンと缶を当てて"乾杯"してから飲むビールは最高で

う〜ん、美味しい。

な。

わ〜!カレーもすっごく美味しい!

な、ウマイよな。

こんなに美味しくなるなんて!
びっくりしました。
ふふっ。本当美味しい。

な。

こんなに色々なお料理作れるの

お代わりしてもいいですか?

もちろん。いっぱい食べな。

ありがとうございます。う〜ん…美味しい…!!幸せ!

…ふふっ。橘って食べてる時、子供みたいな顔するよな。

え…それって色気ないって事ですか…?








































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