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東京大学大学院を目指して【25】カリスマ

大会の引率がありました。ベスト4に残ったのは、10年勤めていて初めてじゃない?指導という指導はしていなくて、一緒に練習できる時にやっている。ユニフォームもみんなバラバラでプレイスタイルも自由。そんなチーム。クラスもそんな感じ。とにかく個を出し続ける。変化に気が滅入ることもある。特に死に関わるようなことも情報として目に入ってくるときは本当にきつい。周波数の高低差があまりにもデカすぎる。周波数が低いな。気持ちが重いなってなったときは、自然が一番いい、上を見て、木や太陽を見る。あと、自分の意志で見たい周波数は変えられる。それをわかっていれば、切り替えはできる。

大会が終わったあと、何をいうか。そういうのって言葉があんまりまとまらずに、一言言って終わりにしていたのが、こうやって文章にすることを習慣にし始めたことで少しは話すことができるようになっている。かも知れない。

あと、なんとなくだけど、いうことに説得力は増してきたのではないでしょうか?

トランスレーター

研究者の文脈を実践者の文脈に落とし込む。

研究者と実践者の文脈は日本語とサンスクリット語くらい違うって本気で思ったほうがいい。関係はめっちゃあるんだけど、橋渡しが非常に難解。研究者に近づけば近づくほど、情報量は膨大になり、それをまとめるために抽象的になっていく。具体的にしたとしても、前提の情報は抽象的。だから自分ではわかっているつもりでも、他の畑の相手には刺激として認識されていない。

だから、情報として発信をしたとしても教育においては研究者の情報は、実践者からするとサンスクリット語。実際に学校に研究者とか博士課程の人が教員研修とかで全教員の前で講演をしてくれる時に、一番後ろの席で、全体を見渡していると、いつもとんでもないことになっている。放課後でみんなお疲れなのでしょう。

百冊読んでも、文脈がちがければ、何も伝わらない。共通認識がないから。
知識の多さでなんとかしようとしてもしょうがない。

じゃあ、どうするのか?

ここで、ポイントだと思うのは、たまたま研究者と実践者は日本語とサンスクリット語の差と捉えてみたが、これ結構いいかも。よくわからないけどサンスクリット語の響きっていうのは日本語に大きく影響する。この響きがすごい大事なのかと。周波数を合わせにいく。チャンネルを合わせる。カリスマ性。

この話。フィンランドが学力を落としているという情報であったが、これはPISAの話。メタ認知について、感情的な部分についてはどのような効果が出ているのかは不明。あくまでもPISAの話。ロマン主義は知識が与えられていない層への教育には適していないのは納得できる。でも、フィンランドは豊かだろうし、もっと別の人間的な部分は成長しているのではないか?PISAで好成績なシンガポールは人間性を上げることを国が動いてやっている。教育と国はくっついている。今は教育と多国籍が繋がっていくのだろう。

この調査で、わかったことで最も関心を持つことは

教育の効果は10年かかる

これがキーワードなのだと思う。

だから、この国のトップの研究機関が、この国の状態をしっかり捉えていることは心強い。

自分の経験でも学校全体で何かをするときに教育で効果が出てくるためには少なくとも3年はかかるとわかっている。

続けていれば、必ず仲間ができる。それも経験している。

超最強の集団で超最高の旅をしていく。これが俺のビジョン。


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