変わらない指輪のサイズ　　　незмінюється розмір каблучки 　 　 　 　　 　　 　 　 　　　　 　　　　　　　　 　 　　

　 私のこの腕の中で、胸を押さえながら、苦しそうに荒い息を吐いている女は、確かに憎き敵の首魁たる「奴」の情婦の顔を持つ。

　それなのに、滲んだ私の瞳は乾くことを知らない。

　彼女がこの戦争を終わらせる「英雄」だからか？
　否、それだけではない・・・。
　
　そうしてあれやこれや考えを巡らせるうち、今起こっている理不尽に対する抑えようの無い憤りと、止め処無く滴り落ちる涙に抗う術の無い私が、唯々、ここに居る現実に立ち還る。

　ラボに居た私にエマージェンシー・コールが掛かったので飛んで来てみたら、「奴」だけでなく彼女まで倒れているとは・・・。
　正に晴天の霹靂である。

　私が、この腕の中に、今まさに、彼女を懐いていると言うのにである。

　と、今のこの現実から逃避せんが為、思惟に耽る私に対し、今にも瞼を閉じてしまいそうな彼女が、細く、しかし強い声音で言った。

「こんな形で、最期を貴方に看取って貰うとはね」、と。

　そんな彼女の言葉に、私は押し被せるように応じた。
　無論、私達の故郷の言葉を使ってである。
　そう、今となってはロシア語を使う必要など、無いのだから。

「без проблем Татьяна.
　без хвилювань！」
　（大丈夫だタチアナ。
　　心配するな！）

　彼女を安心させるべく、笑みさえ浮かべて見せる。
　直後、私は白衣の中に着込んだジャケットの内ポケットから、ジェットインジェクター（無針注射器）を取り出した。
　次いで彼女の首元にそれを押し当てると、素早く解毒剤を投与する。

　ほっ、と、息を吐く。
　
　当然の事ながら、私には彼女を救う義務も、また権利も有る訳で、兎にも角にも何とかなって良かった、と、額の汗を拭った刹那のこと。

「その解毒剤は効かない」

　私の腕の中で、項垂れた首を横に振りながら言い放った彼女のそんな言葉は、彼女の快復を信じて疑わない私には、余りにもピンとこないものだった。

「今、そこのテーブルに俯せになって倒れている男は、奴じゃないの。　
　奴の影武者なの。
　本物の奴は、地下のシェルターに逃げ込んだみたい。　
　但し、奴はシェルター内に、時限装置付きのC-4（プラスティック爆弾）が仕掛けられている事は知らない筈」

　苦笑しながら、思いも寄らぬ言葉を続けた彼女は、スカートのポケットから、震える手で２つに折ったメモのような紙を取り出して来て、私に手渡した。

　走り書きではあったが、それは確かにタチアナの筆跡だった。

　до Александр
　（アレクサンダーへ）

　そこには小さな文字で、ここ数日の経緯が記されていた。

　私が遺伝子治療の権威として名高い、スイス在住のロシア人医師に成りすまし、奴の癌を治療すると言う理由で、奴を毒殺せんが為此処に潜入する命を受けている事を、タチアナが数日前に軍から知らされたこと。

　或いは、タチアナが軍の命を受け、奴の愛人と入れ替わって此処に潜入していたことなどである。

　彼女は背格好が奴の愛人に似ていたことや、ロシア語が堪能だったこと、そして何より私と同じ遺伝子工学博士であることが最大の要因で、奴の愛人の顔に整形し、奴の遺伝子を採取し、解析する潜入任務に就いたのだ。
　また、当の本人の奴の愛人はと言うと、我が軍の手引きで北欧に亡命したと言う。

　そして最も懸念されることは、奴の遺伝子解析の任務のことを始め彼女に関する情報が、奴に漏洩してしまったかも知れないと、ここ最近感じていたこと。
　もしかすると、自身の身に危機が迫っているかも知れないので、彼女は自分の身にもしものことがあっても、彼女には構わずに、一刻も早く、此処から立ち去るようにと綴っていた。

　何より衝撃を受けたのは、その走り書きの最後に、彼女の極秘任務の事を私が知ってしまったことを軍から聞かされた日、彼女が夜を通して泣き尽くしたと記されていたことだ。
　どの道任務を遂行し終えても、私の元には戻らないつもりだったと言う。

　彼女は、タチアナは、任務遂行の為とは言え、私を裏切ったことを悔いていたのだろう。
　つまりは、任務遂行の為、奴に身を任せてしまったことを。

　私にはポーランドの親戚の家に身を寄せると嘘を吐いて、彼女はこの任務に就いた。
　私との結婚も、この戦争が終わってからにしようと言って。

　だとしても、タチアナ。
　どうして私が君を怒れようか！
　どうして私が君を恨めようか！

　これは戦争なのである。
　任務は国家の為なのだ。
　不実では断じて無い！
　なのに、お前は・・・。

　たとえ軍の命とは言え、私はお前が心配で、自ら進んで此処に来たんだ。

　お前を死なせるものか！
　何より、もうお前は恢復する筈。
　そう胸中で呟く私の意に反して、タチアナの顔色が真青に急変する。
　
　見て取った私は、口早に問うた。
「タチアナどう言うことだ。
　何故解毒剤が効かないんだ？」

　タチアナは唇を歪め、苦悶の表情を浮かべながら返して来た。
「奴は貴方の開発した毒薬のことを、何もかも知ってたのよ。
　しかも、奴個人だけを攻撃する緻密なオーダーメイドポイズンを創る時間の余裕が無かったこと。
　また貴方の創った毒薬が、我々以外の東スラブ人を、つまり特定の人物の集まる場所なら、ロシア人やベラルーシ人であれば、誰でも攻撃出来るってことまで。
　もう一つ言えば、ロシア人やベラルーシ人がその毒に対する免疫応答遺伝子を持たない為に、死に到ってしまう毒薬だって、専門的なことまでね。
　私が倒れて動けなくなるのを見届けてから、地下のシェルターへ逃げ込む前に、奴が科学省の研究員を引き連れて話をしていたから、間違いないわ。
　奴は、癌の治療薬と偽って提供した貴方の毒薬を影武者に呑ませて、本当に効くのかどうか試したのよ」

　私は吐き捨てるように応じた。
「クソっ！　そうだったのか。
　否、しかし、そうだとしても君は大丈夫な筈だろう。
　そもそも君は、ロシア人じゃない・・・」

　と、そこ迄言った私は、あることに気付き、思わず息を呑んだ。

　気が動転していた私は、私の創った毒薬を彼女にも盛ったのだとばかり思い込んでいたのだが、しかし奴が総ての事情を知っていたとしたら、彼女に効きもしない毒薬を盛る訳がない。
　畢竟彼女の呷った毒は、私の創ったものでは無く、解毒剤は効かないと言うことになる。
　冷静になって考えれば直ぐに分かることなのだが、冷静になれない私が、今、此処に居る。

　私の創った毒薬は、ウクライナがソ連の一部だった時代、1932年ごろから33年のこと、ソ連のスターリン政権が我が国の農村地帯から強制的に食糧を没収したことによって引き起こされた、「ホロドモール」に起因する。

　その「ホロドモール」を経て、我が国の国民には飢餓に対しての耐性が備わった。
　即ち我々は、未だ学会でも発表されていない免疫応答遺伝子を、知らず知らずのうちに自ら獲得していたのだ。

　私はその免疫応答遺伝子を発見した後に、東スラブ人特有の遺伝子を攻撃するものの、我が国の国民だけが持つ免疫応答遺伝子がその毒を中和し無毒化すると言う、この毒薬を開発したのである。

　皮肉にもロシア人とベラルーシ人を抹殺する毒薬の誕生は、ロシアの前身であるソヴィエトの独裁者スターリンに依って齎された、悲劇の帰結であったと言う訳だ。

　即ち、奴だけに効果の有るオーダーメイドポイズンでなくとも、ロシア人やベラルーシ人が奴だけと言う条件下でその場に居る者に服毒させれば、奴だけを殺害する毒薬になり得るのであって、我軍の司令部の判断も然りであった。

　然るに、それ等の情報が奴に漏洩していた。
　また、そのせいで、タチアナはこんなことに・・・。

　やがて我に返った私は、もう一度タチアナに訊いた。
「君の呑まされた毒薬だが、何の毒だか分かるか？」

　彼女は首を横に振りながら、徐々に細くなっていく声音で返して来た。
「何の毒かは分からないけど、これだけは言えるわ。
　貴方の持っている解毒剤は効かないって。
　効き目がゆっくりとしているから、ノビチョク系の毒でないことだけは確か。
　それより、私のことはいいから、早く、早く此処から逃げて。
　脱出ルートはメモの裏側に書いておいた。
　もう直ぐここは爆破されるわ」　　

　私は逃げろと言う彼女の言葉には応じず、直ぐに問い返した。
「爆破されるのは、核シェルターだろ？」

　毒がかなり回って来たのか、途切れ途切れになりながら、彼女は言葉を発した。
「それとは違うの・・・。
　奴はこの宮殿を、丸ごと爆破する気なの。
　元々自爆装置が仕掛けられてあるらしいけど、それを今日本当に爆破させるらしい。
　私達の犯行に見せ掛けてね。
　貴方の創った毒薬の入ったワイングラスはさっき回収してたみたいだし、こっちの研究員が成分とか解析するんでしょ。
　貴方も、私も、用済みって・・・訳。
　それに、今此処には、奴に取って替ろうと言う可能性のある政府の要人も、会議の名目で集められてるみたい。
　私達共々、纏めて葬り去るつもりよ。
　冥土の土産に教えてやるって、地下のシェルターに逃げ込む前に言ってたから」　

　彼女の言葉を聞いて、やはり奴は狂っていると思った。
　この国のシンボルとも言える宮殿でさえ、自身の利益の為なら、何の躊躇いも無く吹き飛ばすなど、一欠片の良心でも備わっていれば、到底出来ない行為である。

　血の色で染められた広場に建つこの宮殿を、今まさに、再び真っ赤な血で染ようとしている奴は、最早人ではない。

　狂気の悪魔。
　或いは、メフィストか、ルシファーか、サタンか。
　それが、奴。

　そんな奴から、彼女を、タチアナを救いたかった。
　しかし、遅きに失した。
　私は遺伝子工学博士だが、その前に医師なのである。
　だからこそ、彼女を救う手立てをあれやこれやと考えはしたが、だが、考えても、考えても、その結論は変わらなかった。
　そうであるならば、私は１人の男として、或ることを決意する他に道は無いのである。
　タチアナと永久に結ばれる為には。

　そうして私は、ここ一年の間ずっと肌身離さずベ持ち歩いていたエンゲージリングを、ベルトのキーチェーンから取り外した。

　奴が我が領土に侵攻を開始する前の年の夏、タチアナと日本へ行った時に、東京の銀座で買ったものだ。
　真珠では世界一と言われる、銀座の宝飾店で買った。
　
　タチアナの誕生月は6月。

　我が国だけでなく、ヨーロッパでは通常、相手の女性が6月生まれなら、ムーンストーンやアレキサンドライトをエンゲージリングに選ぶのだが、タチアナと２人で決めて、エンゲージリングは真珠にすることにした。
　そのことは、彼女の曾祖父に起因する。

　タチアナの曾祖父は、シベリアに抑留されていた日本兵の生き残りだったらしく、ラーゲリ（強制収容所）から解放された彼は、曾祖母と共に彼女の故郷である我が国に、２人で移り住んだと言う。

　何でも彼女の曾祖父は、元々日本の領土であった北海道の先の千島列島尖端にある、占守島と言う島の守備隊員であったらしい。
　その占守島の戦いとやらで、散々にソヴィエト軍を打ち負かしたのだそうだ。
　しかもスターリグラードでナチスを打ち破った、華々しい戦歴を誇る精鋭の兵達をである。
　しかし、それがいけなかったらしい。
　それが故にソヴィエト軍から執拗に恨みを買い、シベリアのラーゲリでも、タチアナの曾祖父達は散々な目に合わされたのだそうだ。

「占守島で日本軍が戦ったのは、明らかにソヴィエト軍による日本への侵略だったからだ。
　その時、占守島は我々の領土だったのだ。
　だからこそ我々は戦った。
　だからこそ、我々は彼等を打ち負かすことが出来たのだ」、と。

　生前、曾祖父がそう言っていたのを口伝てで祖父から聴いたと、タチアナは言っていた。
　その他にも、日本に婚前旅行をした際、彼女が言っていたことを思い出した。
　彼女はこう言っていた。

「ロシアが侵略してこないと、高を括るのは良くない。
　私の曾祖父が体験したことを考えれば」

　思い返せば、遠い国ではあったが、婚前旅行の渡航先を日本に決めたのは、そうした彼女の曾祖父の故郷を、見てみたかったからなのだ。
　それは彼女の望みでもあり、また私の望んだことでもあった。
　また、エンゲージリングも、日本では6月の誕生石としてポピュラーな真珠を、タチアナと２人で選んだ。

　私自身の名がアレキサンダーと言うこともあって、アレキサンドライトを贈るつもりであったが、そのアレキサンドライトは、指輪の土台として小さいものを散りばめることにした。
　その他ダイヤモンドも。
　研究所勤めで大した収入は無かったが、それでも給料の半年分を注ぎ込んだ。

　旅の最初に真珠では世界一と言われる銀座の宝飾店に出向き、オーダーを掛けた後に北海道まで赴き、主に東日本を旅して約一ヶ月後に東京まで戻り、故郷に帰る前に受け取った指輪。

　受け取ってそのままタチアナに贈ろうとしたが、彼女は故郷に帰ってから受け取ると言って聞かなかった。
　案の定故郷へ帰ると、我が国とロシアの関係が以前よりも増して拗れていた。
　すると今度は今の政情不安が落ち着いてからと言うことになり、挙げ句侵攻が始まるほんの数日前、タチアナのポーランド行きが決まり、最後はポーランドから帰ってと言うことになり、とうとう渡せず仕舞いになっていた、このエンゲージリング。
　加えてつい一ヶ月ほど前迄は、彼女はてっきりポーランドの親戚の家に身を寄せているとばかり思い込んでいた私。
　恐らくその頃タチアナは、軍から今回の任務の件を打診されていたのだろう。
　だからこの指輪を受け取らなかったのだ。
　タチアナは。

　やがて私が毒薬を開発した旨が軍に伝わると、軍は私に潜入任務の白羽の矢を立てた。
　そしてその際司令官室でのこと、私に今回の私への潜入任務の内容を告げた後、司令官はやおら私に近付いて来て、初めてタチアナの潜入任務のことを告げた。
　その際私は一瞬信じられなかったが、やがてその場に凍り付くと同時に、止め処無い怒りが込み上げ手来て、そのことを伝えて来た司令官の頬を拳で殴ってしまった。

　今になって思えば、あの時司令官は私に殴られるつもりで、私に近付いたのだろう。
　そう言えば、彼が歯を食い縛っていたような気もする。
　そして口元から、一筋の鮮血を垂れ流しながら彼は言った。

「気が済んだか。しかしこれは戦争なんだ。分かってくれ」、と。

　そして彼女の力にならなければと言う一心で、一も二も無くこの潜入任務を引き受けた。

　そうしてタチアナとの思い出に耽る私であったが、いきなりタチアナの口から迸るようにどす黒い血が溢れ出た。
　私は思わず自身の唇を彼女の唇に合わせ、タチアナの吐き出した血を吸い出すと、舌で彼女の口の廻りに流れ出ていた血をも拭った。

　すると忽ちタチアナの爪が私の首元にグッと喰い込み、彼女は声も切れ切れに言った。
「何を・・・するの。
　私の吐いた血には・・・毒が・・・」

　彼女の言いたいことは分かっていたが、ただ、既に心を決めている私に取っては、今更彼女の呷った毒を貰ったところで、何と言うことはない。

　直後私はキーチェーンから取り外した真珠の指輪を彼女の指に嵌めようとして、一瞬躊躇した。
　何となれば、今の彼女はタチアナの顔をしていないからだ。
　服装も以前のタチアナのそれとは違い、華美に過ぎる、如何にも奴好みのシルクの真っ赤なブラウスを着ていた。
　果たしてタチアナに贈った指輪が、今の彼女の指に嵌るのだろうか？

　ただ、時間がない。

　私は恐る恐る、彼女の左手の薬指に純白に輝く真珠のエンゲージリングを嵌めた。
　ところが私の不安は杞憂に終わった。
　ピッタリだった。

　変わらない指輪のサイズ。

　それはどんなことになっても、変わらない私のタチアナへの思いに重なる。
　
　私は改めてタチアナに、プロポーズの言葉を告げた。

「 Давай одружимося」
（結婚しよう）
　
　しかし彼女は以外にも、首を横に小さく振りながら、弱く、そしてか細い声で返した。
　「早く・・・逃げて」

　彼女に残された時間は、もう余り残されていないようだ。
　無論、私にもだろうが。

　その直後、ドーンと言う大きな音がして、衝撃波が私の背中を襲った。
　
　ん？　しかし、まだ私は生きている。
　と、言うことは、ひょっとして地下のシェルターか？

　そう言えばタチアナは私のメモ書きの最後に、彼女が身の危険を感じ、この場所で奴の影武者と食事をする前に、時限装置のスイッチを入れたと書いてあった。
　奴からは、要人を食事会に招いたが、他に用があるから、その時間影武者と食事をして欲しいてと言われたらしいが、その時彼女は何か怪しいと思ったらしいのだ。
　そして彼女はC-4の時限スイッチを入れた。
　してみれば、彼女の仕掛けたC-4の爆発の方が早かったのだろう。

　これで世界は平和になる。

　奴の起こした侵略戦争により、世界は疲れ果て、我が国への支援にも疲れが見え始めていたところである。
　一刻も早く、奴を仕留めなければならなかったし、それしかこの侵略戦争を止める方途など無いのだから、私とタチアナがこの任務に命を懸けた意味はある。

　願わくば、奴がこの宮殿の自爆装置のスイッチを入れる前に、地下の核シェルターが爆破されたと思いたいが、そうもいくまい。
　それにさっきタチアナと唇を重ねた際の、彼女から貰った毒が廻ってきたようで、既に舌先がヒリヒリと痺れている。
　良く考えてみれば、奴が爆破スイッチを何時入れたかどうかなど、今となっては余り意味を為さないではないか。
　私は思わず口元に、自嘲の笑みを浮かべた。

　私は人の命を救いたいが為に、遺伝子工学を追究する道を選んだのだが、こんな最期を迎えることになろうなどとは思いもしなかった。
　今後は、戦争も、私のような遺伝子工学博士も、この世界からは無くなるべきである。
　同じ民族を殺す毒薬や、そんな毒薬を創る人間など、この世界に存在しない方が良いのだ。
　そして間もなく私達は、戦争と共にこの世界から消え去り、総て無かったことになる。

　やがてタチアナは総て悟ったのか、残った力を振り絞り、私にこう言った。
　「結婚しよう・・・キスして・・・」

　私は一つ頷き、純白に輝くエンゲージリングを嵌めた彼女の左手を取った。
　次いで抱きしめながら、彼女の唇に自身の唇を重ねた。

　そして永遠とも取れる刹那の繰り返しの後、項垂れるタチアナから唇を離し、彼女に永遠の愛を誓う言葉を告げた。

　その直後のこと、私の耳をキーンと言う爆発音が襲った。

　否、永遠の愛を誓う言葉を告げたのは、その爆発音の後だったかも知れない。
　或いは。

　　 　Слава Україні！
　　　ウクライナに栄光あれ！

　　　 ероям слава !
　　　英雄達に栄光あれ！
                                                    　　　     - 了 -