主人公がDF?!「アオアシ」から見るサッカー漫画の専門性

1年程前からサッカーにハマった。今や午前3時に起きて日本人が出ていないチーム同士の対戦をLIVEで見ることも普通になった。
ハマった理由は去年のワールドカップで日本代表がベスト8になったことでも、最近日本人がサッカーの本場、ヨーロッパのリーグで活躍していることでもない。
なぜハマったのか聞かれた際は「サッカーのマンガがおもしろかったから」と答える。
我ながらミーハーだと思うが本当なのだから仕方がない。
だが生まれてこの方全くサッカーに興味がなかった、むしろおもしろくないスポーツだと思っていた人間をサッカーにハマらせる魅力が「アオアシ」にはある。

「アオアシ」と他のサッカーマンガの一番の違いは作中で描かれるサッカーの専門性といえるだろう。

小さい頃からサッカーをやってきた主人公(アシト)がユース(プロチームの下部組織)に入ってプロになるためのサッカーを学んで成長するのが物語の主軸になっている。
ずっと学校の部活でサッカーをやってきたアシトは入団試験や入団後の練習でユース生に力の差を見せつけられる。
正直、ここまではマンガでよくある展開といえる。ここから通常のスポーツマンガだと友情を深めたり、必殺技を習得していくわけだがアオアシはその通常に当てはまらない。
アシトは力の差を現実のサッカーの技術や戦術を学ぶことで埋めていく。その技術や概念がとにかく専門的なのである。
例えばアシトが最初にユース生との差を見せつけられるのは「止めて蹴る」いわゆるトラップの技術なのだ。
アシトは少なくとも10年くらいはサッカーをやっているはずで素人から見るとトラップの技術くらい身についているんじゃないの?と思いたくなるが作中ではこの基本的な技術の奥深さについて語られ、プロの選手でも差があることが説明される。
これはすごいことで、他のサッカーマンガに比べるととにかく地味なのである。
これまで主人公がトラップを真剣に学ぶマンガがあっただろうか?
そこからもアシトはトライアングル(ボールの運び方)や守備の基本など同世代のユース選手はすでにできているサッカーの基本をひたすら学んでいく。
しかしアオアシを読んでいてつまらないと思ったことは一度もない。
その理由は描写が丁寧なことはもちろんだが、アシトの成長を追体験できることなのではないかと考える。
アシトは新しい学びを試合に活かすたびに「サッカーが広がった」という表現を使う。
これはアシトとともにサッカーの奥深さを知っていく、「サッカーが広がった」のは読者にも当てはまるのではないだろうか。
少なくとも私はアシトを応援すると同時にフィクションではないサッカーのおもしろさ、奥深さを知っていけるのが楽しみだった。

「アオアシ」のもう一つの特長は主人公のポジションがDF(サイドバック)ということである。
正確には元々FWだったアシトをユースに勧誘した監督が「お前はFWに向いてない、今後DFじゃないと試合には使わない、これは一時的な措置ではなくずっとでお前は生まれついたときにFWになれないことが決まっていた」と告げる。
アシトはこれを聞いてその後のミーティングに出れないほどショックを受ける。
なぜならアシトにとってFWはサッカーの花形で点をとることに強いこだわりがあったからだ。実際にアシトは自分の武器である「視野の広さ」を生かしながら、成長して練習試合でも点を決めて活躍していた。
アシトがDFに転向したことについてはもう一つ象徴的なシーンがある。
将来監督を目指している、アシトが所属するユースのスポンサー社長の娘がアシトのチームメイト2人にアシトの「視野の広さ」を生かすのであれば絶対にMFがいい、それをDFなんて…と相談する。すると2人から「その考え方がすでにもったいない、MFがDFより偉いと無意識に決めつけてる、サッカーはもっと自由だ」と告げられる。ここでスポンサーの娘と読者は常識を覆されショックを受ける。これまでもアシトが試合中に味方のDFの選手に対して「DFなんだから守備をやれ」と言う描写が何度かあり、DFの地位が低いというミスリードを誘っていたように思われる。
現実のサッカーの話をすると、DFに求められる技術は年々上がっており、それに伴ってDFの地位は一昔前に比べて遙かに向上している。
特にアシトが転向することになったSB(サイドバック)は近年最も重要なポジションの一つとされており得点やアシストをすることも珍しくなく、攻撃にも守備にも大きな役割が与えられることが多い。
しかしサッカーに詳しくない人にまでそれが浸透しているかというとそうとは言えないだろう。「アオアシ」はもちろんフィクションである。
しかし間違いなく読者に対して現代サッカーの進歩を主人公の成長を通して伝えてくれるのである。

「サッカーは1人じゃ何もできない。思っている以上に。だからこそこんなにも楽しい」
私が「アオアシ」の中で一番好きなセリフだ。サッカーにハマったのはもちろん作中で描かれる専門性や戦術などサッカーの奥深さに惹かれたこともあるが、サッカー自体が持つ根源的な楽しさを教えてくれたのも間違いないだろう。応援するチームが点を入れたとき、サポーターからは地響きのような歓声が上がって、選手同士は戦いの途中であることを忘れたかのように無邪気に喜び合う。少しだけだがサッカーのことを知ったからこそ、1点を取ることの大変さがわかるし、一緒に喜び合いたいと思えるようになった。




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